表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/276

第71話・残酷な命令

 ウシャス軍本部、本棟二階にある一級会議室。一般軍人は立ち入り禁止のこの部屋は、幹部と政府役人が話し合うための場となっている。ラクラはその扉の前に立ち、すぅ、と静かに息を吸った。ウェンダの来訪目的は何なのか。それを考えると気分が悪い。具体的な予測はつかないが、嫌な予感が体内に疼いている。


「……ラクラ・トゥエムです。入ります」


 覚悟を決めて扉に手をかける。何の変哲もない普通の扉なのに、ひどく重たく感じられる。ノブを握る手にいつも以上の力をこめ、ようやく開くことが出来た。


「どうぞ、お入りなさい。突然来訪してすまなかったね」


 室内には長机と展示用ボードがあるのみで、明かり窓も一か所しかなく、暗い地味な空間であった。長机の向こう、入口のラクラと向き合うような位置に、ウェンダは窓を背にして座っていた。


「失礼します」


「うむ。適当に腰かけてくれたまえ」


 ウェンダは背が低く、その代わりに横幅がある体形である。身につけているスーツやネクタイは一点あたり数万もするような高級品だ。やけに装飾の凝った腕時計などは百万を越える品かもしれない。もっとも、ラクラから見ればあまり趣味のいいデザインとは思えなかったが。


「ここ数日、色々と問題が起こって大変だな。君の負担も相当なものだろう」


 このセリフでますますウェンダへの評価が下がった。こんな口ぶりは聞いているだけで疲労を感じさせる。言葉遣いが悪いというよりも、相手を不快にさせるのに抵抗を持たない人間だ。


「ええ……。ですが、それも承知の上で今の官についていますから」


「そうかね? しかし、さすがに今回のような状況は想定していなかっただろう」


 ――そもそも、今の窮迫した状況はウシャス政府の不手際にも起因している。会談の直前にゼブとかわされていた契約のことを知らされていれば、契約に基づいてコサメを堂々と連行するというゼブの真の狙いがわかり、もっと他の対策が打てたはずだ。偶然にもそれを知ったヤコウがすぐに本部へ連絡出来なかったことも怪しい。通信機器の故障、厳重な警備態勢による自動車の不足や交通路の混雑。その結果、ヤコウは間に合わなかったのだが、これはあまりにゼブに都合が良すぎる。


 『ウシャス政府内にゼブの内通者がいる』。そう考えれば全てに納得がいく。採掘場で爆死したゼブ人の素性に関して、ゼブ側はウシャスから認められた労働者だと主張していた。そして認定状を提出してみせた。その認定状、初めはよほど精巧な偽物だと思っていたが……内通者によって作成されたものである可能性も高い。その方が、ゼブが偽物をつくるよりも確実だ。


 そしてそれらのことが可能な内通者とは、政府内でもかなり身分の高い人物であるはずだ。情報操作や正式認定状の偽造などは下級の人間には出来ない。ラクラは内通者を探し出すべく、入念に情報収集を行っていたのだ。無論、他の軍人や政府関係者に悟られぬよう、秘密裏に行動しなければならない。レンとラクラの二人だけで情報をかき集め、容疑者を限定していった。そして今目の前にいるウェンダこそが、残った容疑者の中でも特に可能性の高い人物であるのだッ!


「ええ、おっしゃられた通り、今は大変な状況……。ですから、ご用件があるのなら」


「ああ、すまなかったね。余計なことをしゃべっている場合ではなかった」


 ウェンダは両肘を机の上に突き、両手を組んでその上にあごを乗せた。


「だが、今の話と関係のないことではない。そう、先日ゼブへ連行された二人の軍人のことだ。いや、一般の少女も加えた三人だったかな?」


「っ……」


 嫌な予感が強まる。テンセイ達がゼブから帰還したことは、まだウェンダには報告していない。あえてしていないのだ。もし推測通りにウェンダがゼブの内通者だとしたら、この情報を漏らすわけにはいかないからだ。


 だが、その抵抗も無駄だった。


「帰ってきたようだな。あのゼブから脱出して我が国の巡視船に保護された、と昨日の夕方頃に連絡を受けたそうだが。もうここに戻っているのではないか? 表に車が一台出ていたが、もしかしてあれに乗ってきたのか?」


 この男は抜け目なくテンセイ達の情報を掴んでいた。となると、ラクラも覚悟を決めなくてはならない。


「……はい。つい先ほど帰還し、今はレンが彼らからの報告を受けています」


「そうか……。やはり、帰って来ていたか」


 報告しなかったことを責めてくるつもりなのかと、ラクラは心の中で身構えた。しかし、その予想は見事に外された。全く予期していなかった言葉を、次の瞬間に聞かされたのだ。


「その三名、即刻処分しなさい」


 いともたやすく言ってのけられた。シンプルでありながら残酷な『命令』を。


「処分……ですと?」


「うむ。可能な限り、早急にな。本人たちに伝える必要はない。どんな手段を用いてもいい。確実に……三名の命を絶ちなさい」


「……何故?」


「少し調べさせてもらったよ、その三名のことを。軍人二人はついふた月ほど前に入隊したばかりだそうだな。ふた月前。これはまさに、ゼブが我が国に直接干渉し始めた時期と同じではないか」


 あごを引いて話すウェンダの表情は逆光のせいでよく見えない。だがラクラの目には、心なしかウェンダかすかに口の端を釣り上げているように見えた。


「全ては、その三名が我がウシャス軍に入って来た時に始まった。契約のことに関する情報の不備など、彼らが来る前は一度たりともなかった」


「しかしっ……」


「その三名がゼブからのスパイである可能性が高い。そうだろう? そうでなければ、あのゼブから逃げられたという事実に説明がつかない。ゼブは強大な軍事国家だ。幹部のヤコウはともかく、罪人として連行された人間が生きて帰ってこれるわけがない」


「彼らが裏切り者だとおっしゃられるのですか!? お待ちください! 新入りの彼らが一体どうやって政府と軍に工作が出来るというのですか?」


「彼ら本人が出来なくとも……政府の人間を力で脅し、協力させればいいだけのことだ。ゼブの関係者ならやりかねない」


 そしてウェンダは繰り返した。


「三名を処分しなさい。これは軍最高権利者としての命令だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ