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第70話・不可解な要求

「そん……で、よォ。ング、処刑されたように、ムグ、見せかけて……」


「口の中のものを飲み込まれてから話してくださいます?」


 言ったあとに、ラクラはそれが不可能だということに気づいた。テンセイの太い首がゴクリと動き、料理を飲み込んだその次の瞬間にはもう次の一口が放り込まれているからだ。


 ――どこまで入るのでしょうか。ラクラは半ば呆れたような表情で、テンセイが料理をがっつく様子を見つめていた。豪快に大皿を平らげていくその様は、爽快感すら覚えさせられる。ノームとコサメも似たような状況だったが、やはりテンセイの食べっぷりが一番迫力がある。


「処刑されたように見せかけて姿を消し、ゼブから脱出して来れたのですね?」


「ング、まぁ、そういうこと」


 Dr・サナギの研究所を脱出し、三人は車で北西に向かった。


 その途中、一人の男を拾った。用心棒・ティースである。テンセイにマントを奪われ、吸血植物から必死に逃げ回っていたティースが砂漠の上に倒れていたのだ。虫の息だったが意識はあった。テンセイはティースを車に乗せ、北西の港についた際、近くの診療所へ入院させたのだ。


「敵を助けたのですか?」


「ン、まぁな。別に命まで奪う必要はねぇし……ムグ、見捨てる理由もなかったからな」


 そして船を借りてウシャスへ出航し、ウシャス領近海にて巡視船に保護されたのだ。


 ……と、シンプルにまとめるとこうなるが、当然ながらその過程には様々なドラマがあった。ゼブからウシャスへの密航船が出ていることを見逃せるわけがなく、何かしらの対策をしようと考えていたが、港に着いた時には一艘の中型船しか残されていなかった。どうやらサナギが連絡をしたらしい。テンセイ達をウシャスまで送りはするが、他の舟を壊されるのは防いでいた。港にゼブの乗組員は一人もおらず、船内には最小限の飲食物があるのみであった。船の操舵はノームが担当した。


「さすがは海の男って感じだったな。頼りになったぜ、ノーム」


「よせやい」


「しかし、サナギの研究所に火を放って救出に成功するとはなぁ。世界の謎を解くとまで言われた科学者を出し抜けるとは、大したもんだ」


 レンがそう言った。


「相手に深手を与えられなかったのは、残念だけどな。ところで、ラクラ隊長」


 テンセイが改まってラクラに向き直る。


「はい」


「メシの他にもう一個だけ、頼みたいことがある。とても大事な頼みだ」


「……? 何でしょう?」


 ラクラにとっては少々予想外の展開だ。


「空を飛べる能力を持った『紋付き』を紹介してほしい。自分が飛べるだけじゃあなくて、オレを連れて遠くまで飛んでいけるような能力を」


「空を……?」


 急に話が変わり、ラクラとレンは戸惑った。まだテンセイの報告は終わっていない。具体的にどうやって処刑を切り抜け、研究所からコサメを救出できたのか? それがまだだ。いや、それ以前にもっと重要な情報が抜けている。即ち、なぜサナギはテンセイを逃がしたのか。また、なぜテンセイは大人しく従ったのか、が。


「空を飛べる能力だよ。あるいは空飛ぶ機械でもいい。そんなものがあるか? あったら貸してほしい」


「おいおい、テンセイ君。いきなり何を言い出すんだ」


「必要なんだよ。どうしても」


 ラクラとレンは顔を見合わせた。


「空を飛ぶ機械……。熱気球ならいくつか所有しておりますけれど」


「気球はダメなんだ。あれは風が強かったり雨が降ってたりすると使えないんだろう。それじゃあダメだ。天候に関係なく空を……」


「仮にあったとして、どうするつもりだ? 目的がわからないと何とも答えられんぞ」


 レンが口調を変えた。「新人教育」の口調だ。


 ゴクリと音を立て、テンセイは肉の塊を飲み込んだ。そしてようやく料理を口に運ぶ手を休めた。


「……Dr・サナギの行動を阻止するためだ。空を飛んである場所へ行かなければ、少なくともオレはサナギに勝つことが出来ない」


「なに……!?」


「サナギの次の行動がわかるのですか?」


 サナギの行動を阻止する。それならば理由としては十分だ。二人は納得した。だが、完全には理解していなかった。――”少なくともオレには”というセリフの中から、テンセイの隠された真実を見抜くことは出来なかった。それに気付くのは、もっと、ずっと、後のことである。


 ラクラがさらに尋ねる。


「ある場所、とはいったい……? 空を飛ばなくては行けない場所なのですか?」


 と、その時であった。


「ラクラ様、ウェンダ様がお見えになられました」


 一人の軍人が、食堂の入口から声をかけてきたのだ。


「ウェンダ様が? 今日来られるという連絡はいただいておりませんが……」


「緊急の用件があるそうです。会議室へお通ししましたので、お急ぎください」


 突然来訪したウェンダという人物は、ウシャス軍の最高権力者の一人である。位置的にはラクラやヤコウといった幹部よりも上の存在。だが、それは軍人としての権力ではなく、政府から派遣された役人としての権力である。ウェンダ自身は軍人ではない。


 が、上司は上司だ。ラクラは仕方なく席を立った。


「わかりました。すぐに向かいます。……テンセイさん、後でまらごゆっくり話を聞かせてください」


 そう声をかけて食堂を出た。ウェンダが何故このタイミングで本部を訪れたのか、それはわからない。だが、ラクラは胸の内に不安な重みを感じていた。実はこのウェンダこそ、ラクラに寝不足を続けさせていた張本人であったのだ。


『君は政府を警戒しろ。敵はゼブだけではなさそうだ』


 ヤコウが自らゼブへ向かう際、ラクラへ残した言葉。そして、政府による連絡の不備や重なるアクシデントの事実。それらが一つの仮説を紡ぎ出し、ラクラはそれを裏付けるべく情報収集を行っていたのだ。


 政府から派遣された軍最高権利者・ウェンダ。ラクラにとっては、ウシャスの『裏切り者』である可能性が最も(クロ)い、最有力候補であった。

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