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第7話・出航

 翌日――。

 テンセイとコサメは、早朝から港の貨物船に乗りこんでいた。大陸に到着した後も積荷の運搬を手伝うことを条件にして、乗船が許可されたのだ。


「コサメ、パン貰ってきたぞ」


「ありがと!」


 コサメの髪飾りは取り返せていないままだが、今日、王都に向かう船はこの一隻だけである。ノームが今日中に町を出るつもりならこの船に乗るしかない。


 テンセイがそう説明すると、コサメは少しだけ首をかしげて言った。


「でも、あしたにするかもしれないよ?」


「その可能性もある。だが……」


 昨日の夕暮れ、灯台でノームが見せた決意の目を見ると、計画の延長はありえないように思えた。


(事情はわからねぇが、あの目は後に引くつもりのない目だ。必ずこの船に乗ってくるはず。いや、もしかしたらすでに……)


「そろそろ出港するぜ。嬢ちゃんに船酔いの薬飲ませたか?」


 テンセイを雇った男が声をかけてきた。港の管理者だけでなく、船の船長も兼ねているようだ。


「おくすり、きらい……」


「って言うから、まだ飲ませてない。あとで酷いようなら飲ませてみますわ」


「ン、そうしな。今日は波が穏やかだからそれほど心配はないだろう。海の景色を楽しんどけば大丈夫だ」


 金を払っているとはいえ、本来テンセイ達はこの船に乗ることが許可されない人間だ。船員の邪魔にならないよう船室で控えておくのがスジだが、初めて船に乗るコサメに甲板からの景色を見せることぐらいは許容されていた。


「出航準備、完了です!」


「よーし、行くぞ!」


 白い大きな帆が立てられ、同時にエンジンが稼動する。風と機械の両方を動力とした帆船が、今、ゆっくりと港を離れていった。


「すごい、すごーい! 水の上に立ってる!」


「町がどんどん遠ざかるな」


 ふと、テンセイの鼻が、獣のにおいを感じた。テンセイでなければわからない、潮風の中に紛れ込んだかすかな獣臭。間違いなく、あのムジナのものだ。


(やっぱりいたな……)


 ざっと見渡した限り、甲板やマストの上には気配がない。可能性があるのは船室だ。船員に見つかりにくい場所ならば、用具倉庫が適している。テンセイは船員の目を盗み、単身で倉庫への扉を開けた。コサメはまだ海を眺めるのに熱中している。


「……ノームって名前だったな。少し話がしたい」


 低く抑えた声だったが、狭くて暗い倉庫にはよく響く。ほどなくして、テンセイの足元に気配が現れた。ムジナがテンセイを見上げている。


「何の用だよ。オッサン」


「ムジナじゃあなくて、直接お前と話がしたいんだ」


「……」


 言葉で返す代わりに、ムジナは背中から腕を伸ばし始めた。さらにもう片方の腕も現れ、肩、胸、そして首、バンダナを巻いた頭。昨日と同じ格好をしたノームの上半身が、ムジナから湧き出してきた。


「それがお前の能力か。自分の体をムジナの体に瞬間移動できるんだな」


「ああ。オレの下半身はまだ港の隠れ家にある。当然、髪飾りもそこに置いてあるぜ」


 勝ち誇った笑みを浮かべるノームは両手を広げ、自分が何も持っていないことを確認させる。


「で? 何の用だよ。今さら泣きついたって髪飾りは返さねぇぞ」


「ちょっと気になったことがあってな。……お前、どうして町を出たがるんだ? わざわざ盗みまでやって、王都に行きたがる理由はなんだ?」


「答える必要性が見当たらねぇんだけど?」


「その答え次第で、お前を追いかけまわすのは諦めてやる」


 昨晩、コサメと話し合って出した結論だ。この交渉策で、ノームの旗色が変わった。


「……ま、オッサンには二度も追い詰められちまったからな。いいぜ。話してやるよ」


 ――ノームは、ごくありふれた若者だった。刺激を求めて大都会へ憧れ、自分の故郷を疎ましく思う。自分の活躍する舞台はこんな港町ではない。都会に出て金と力、栄光と富の世界を駆け巡って生きるのだ。ノームを含めた町の若者たちは、ほとんどがそんな憧れをもっていた。

 

 だが、現実はそうはいかない。子どもから青年へ、青年から大人へと成長していく段階で、多くの者は生活の厳しさを知り、安定した日々を求めるようになる。本気で都会へ出ることを考える者は徐々に少なくなり、ついには夢想者として嘲りを受けるようになる。実際に王都で就職した者もいたが、長年田舎町で暮らしてきた人間が容易に馴染めるわけもなく、大した成果をあげることもできずに帰ってくることがほとんどだった。それを見て、いまだに夢見ていた者も自信を失ってしまう。


 ノームだけが違った。


「オレは王都に行って成功する自信がある。オレは軍に入るんだ」


 王都ウシャスには、自国防衛のためと称した軍事機関が存在する。国を守るという重要な役割ゆえに権力は強く、軍に属することは名誉なことであった。そのため、一般人が軍に入ることは非常に困難となっている。


「だが、『紋』を持つ者なら別だ。『紋』の能力は一人一人異なるから、多くの『紋付き』を所有することであらゆる局面に対応できるようになる。たとえ戦闘に向かない能力でも、だ」


「なるほど。それで自分だったら軍に入りやすいってことか」


「そうだ! それに、オレはガキの頃からナイフの訓練をしてる。まず問題なく入れるぜ!」


「ああ。昨日も本気で切り付けられてたらヤバかったな」


「だろ!? アレ、手加減してたんだぜ」


 腕を褒められて気をよくしたのか、白い歯を見せて笑みをたたえる。だが、その表情は長くは続かなかった。


「だってのによォ、町のクズ共は全員して『無理だ』って言いやがる。軍に入ることなんて夢のまた夢、だってよ。自分の尺度でしか物事を考えられねぇクズばっかりだ」


 下半身は見えないが、おそらく地団駄を踏んでいるのだろう。


「この船の船長、あのオヤジは特にヒデェ。『オレも昔軍に入ろうとしたが、一般人はまず入れないようになっている。だからお前も無理だ』だってよ。オレはあいつと違うっての!」


「大将が? ふぅん……」


「あのオヤジが不合格だったのは、ただ単に実力がなかっただけさ。自分が弱くて落とされたのをシステムのせいにしてやがる。オレには実力があるんだ!」


 恨みのこもった目を倉庫の扉に向ける。まさにその時であった。


「賊だ! 入り江に海賊船が潜んでいやがった!」


 船長の声だ。


「大砲を向けてやがる! 迎撃態勢に入れェーッ!」


 テンセイが倉庫を飛び出すと同時に、轟音が鳴り響いた。

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