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第67話・夜明け

 どこにでもあるファンタジー。ありふれたおとぎ話。現代ではそう認識されている秘話や伝説も、一昔前までは真実の出来事とされて信じられていた。この物語は、そんな伝説の一つから始まった。


 火焔の不死鳥・フェニックス――。太陽のように燃える翼を持ち、人間という種がこの地球に誕生する以前から存在していたとわれる霊鳥。その寿命は果てることを知らず、どんなに年月が経っても老いることすらない。数千、数万という年月の間でどれだけ地球の様子が変化しようと、フェニックスは絶対不変の存在を保ち続けている。そしてこのフェニックスは、己の持つ無限の生命力を他者にも与えることが出来る。フェニックスの恩恵を受けた人間は不死の肉体を持ち、神としてあがめられるのだと言い伝えられていた。


 七十年前に『紋』の存在が認められて以来、人々の関心は『紋』の正体に集中し、フェニックスの伝説は前時代のおとぎ話と認識されるようになった。だがそれでも、わずかながら、いたのだ。伝説を信じてフェニックスを求める人間が。




「サナミ様、ご命令通りに車庫を確認して参りました」


 研究所の裏手から出てきたジュノがそう言った。研究所はまだかすかに炎上しているものの、残った研究員やスタッフの努力によって徐々に鎮火に向かいつつあるようだ。


「おっしゃられた通りです。ほとんどの車は破壊されて予備の燃料もなくなっていましたが、一台の車とそれに積まれていた分の燃料だけは無事でした」


「クケ。やはり、やはりね。いくら何でも、でも、自分たちの逃走手段は確保しておく、おく、はずだからね」


 ノームの予定では、コサメを奪い返した後に研究所を制圧し、朝になったら車に乗って砂漠を出るつもりだったのだ。だから車一台分だけは被害を受けないようにしていた。


 しかし、今はそれどころではない。


「フェニックス……? いったい、どーいうことなんだ?」


「クケ。言ったろう、ろう。今、コサメ自身が言った。クケケク」


 フェニックスの話は、ノームも幼い時に聞かされたことがある。だが当然のことながら信じてはいない。『紋』に引き起こす不思議な能力は自分の身で体験、実感できるが、完全に不死の存在などはありえないと思っていた。それはさすがにありえないだろう、と。


 ――フェニックス? あの話が本当だったのか? オッサンがその不死身を手に入れた? でも能力を持つのはコサメ? 頭の中に疑問符がわく一方だ。


 答えを求めて、もう一度テンセイの方を見る。だが巨躯の男はもう何も言わない。ただ黙って立っている。


「クケッケケ。さて、さて、姉さん。それじゃあ戻ろうかね、かね」


 サナギの声が聞こえた。


「クケ。そうだね、ね」


 サナミが答えている。またしてもノームの疑問符が増えた。どこに戻るんだ? と。


「思ったより、より、被害が小さく済んだみたいだね。クケク。この程度なら我々で修繕出来そうだ、だ」


 そう言ってサナギはくるりと背を向け、研究所の方へ歩き始めた。その後ろにサナミとベールが続く。銃を持っていた研究員達も、とまどいながら従い始めた。


「ど……どこに行く気だ、てめぇら!」


 ノームは叫んだ。


「研究所へ戻るに、に、決まっとろう。コサメの研究は一旦後回しだ、だ」


「その男のことがわかったから、から、他に優先すべきことが出来たのだよ、だよ」


「逃げたければ、れば、勝手に逃げな。ここから、から、北東へずっと行った所に小さな港がある、ある。そこの事務所で私の名を出せば、せば、ウシャス行きの密航船に乗せてもらえる、える」


「クケ。残った一台の、の、車は、アンタらに貸してやるよ」


 双子の科学者が交互に言葉を返してくる。今まで散々強引にコサメを研究したがっていたくせに、今になって急に関心を変えたようだ。それほどまでにテンセイの秘密は大きく、深いものであったのだろう。


 今度はオッサンのことを研究するつもりなのか? とノームは考えたが、その様子は全くない。双子とその他の研究員たちは、ただ真っ直ぐに研究所へ戻っていく。


「逃げろって……」


「もういいぞ。ノーム」


 テンセイが口を開いた。


「いいんだ。オレたちの方も、今はアイツらに構っている場合じゃない」


「で、でもよ……」


「後で、全部教えてやる」


 テンセイはノームに近づき、その太い腕でコサメの体を持ち上げた。ノームからテンセイの腕へ移ったコサメは、無言でテンセイの首を抱く。言葉を発せず、ただ黙って、あらん限りの力をこめてテンセイに密着している。その頭を、テンセイが優しくなでる。


「行こう」


 テンセイがコサメを胸に抱きかかえたままそう言った瞬間だ。


 ゴゴ……という地響きが聞こえた。その直後、大地震が来たかのような振動が始まった。いや、よく観察すると、地面そのものは振動していない。周囲にあるものが振動しているためにそう感じたのだ。


「夜が……明けたのか」


 ノームは今まで気付かなかったが、空の向こうが白んでいた。長い、長い夜がようやく終わりを告げたのだ。


 ミシミシと身をきしませ、吸血植物がうねる。広げていた枝葉やツルが、急速に幹の中へ吸い込まれていく。その幹も、地面の中へ埋もれていく。想像以上の速度で、木々は姿を消していった。


 研究所も同じであった。サナギ達が建物に入るのとほぼ同時に、建物全体が地中へ沈み始めていた。


「決着をつける。……いつか、必ず」


 視界から消えていく研究所に、テンセイはそう言葉を投げかけた。誰に言った言葉なのか、ノームにはわからなかった。


 瞬く間に森が砂漠へと化した。研究所が完全に消えた跡に、一台の車が残されていた。


「コサメ。色々あって疲れただろ? 眠ってていいぞ」


「うん……」


「ノーム。運転してくれるか?」


「あ、ああ……」


 ノームが運転席につき、テンセイはコサメを抱いたまま後部座席に乗り込んだ。ゆっくりと白んでいく空の下で、車が発進する。


 出発してほどなく、ノームはテンセイがコサメを眠らせた理由がわかった。砂の上に転がる二人の死体を発見したことによって。

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