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第64話・騒乱

 サナギ達のいる第四研究室は、建物一階の東端にあった。火の手が研究所全体に行き渡ってしまうと逃げ場がなくなる場所である。


「おらァ、サナギ! とっととコサメを放して避難しやがれ!」


 ムジナが叫ぶ。Dr・サナギの『紋』を使えば、この研究所内部は安心である。たとえ爆発や延焼が起こったとしてもサナギの意思ですべて元に戻すことが出来るだろう。しかし、今は爆発が研究所全体で起こっている。研究所の周りは砂漠に覆われているのだ。車や物資の貯蔵庫が焼失してしまうと全滅しかねない。


「この大事な研究所が焼け落ちてもいいのか!?」


 だが、サナギは言った。


「かまわんよ。全くもって問題ない、ない」


 そしてスイッチを押す。サナギの態度を反映するがごとく、静かに、平然とカプセルのフタが動く。透明なフタが閉まり、コサメを閉じ込めた。


「この研究室さえ、さえ、無事なら、それで全くかまわない。この機械の動力源も、も、ここにあるから、外で何が起きても、ても、支障はない」


「なッ……」


 改めてノームは思い知らされた。Dr・サナギという人間は、真に研究一筋な男なのだと。


「てめぇのアジトが燃えてんだぞ!? 部下もたくさん巻き込まれてる! それなのに研究なんかしやがんのか!?」


「そう、そうだよ。クケケ。部下が巻き込まれても問題はない。部下の替えなら、なら、いくらでもいるからね。クケ。私の研究を間近で見れる、れる、となると、助手の希望者はいくらでもやって来る」


「なんだと……」


 サナギはムジナの方を振り返り、断言した。


「私のことを、ことを、非道な奴だと思うか? クケ。じゃあ、じゃあ、君自身はどうなんだ。火を放ったのは、のは、君だ。研究所職員を巻きこんだのは、のは、君だ」


「……ッオ、オレにとっちゃあ、ここの奴らは全員敵だ! この研究所で行われるのは悪の行為だ! ここを潰すことは悪を一つ潰すことになる!」


 我ながら少々無理のある反論だ、とノームは思った。そしてサナギは正確にそこを突いてきた。


「クケクケ。いいかね、ノーム君。悪か、そうで、で、ないか。そんなことはどうでもいいのだよ。悪かどうかなんてのは、全てが終わった後に、に、第三者が勝手に判断すれば、すれば、いいだけのことだ。当事者には関係ない。私の、の、研究が、一般に悪だと言われてようと、ようと、全く関係ない。私は私のやるべきことをやる」


 やるべきこと? やりたいこと、の間違いだろうが。ノームがそう言い返そうと思った時であった。


「サナギ様! 避難されてください! こちらにも火の手が回りつつあります!」


 扉の外からそう言う声が聞こえてきた。先ほどのジュノとは異なる、別の研究員の一人が駆けつけてきたらしい。


「部下も逃げろと言ってるぜ。オイ」


「だから、から、何度も言わせるな。関係ない。……お前たちだけで、だけで、先に避難していなさい! 私は研究を、を、続行する!」


「しかし、サナギ様……」


「くどい!」


 仮にこの時、扉の外にいる研究員が室内に入り、無理やりサナギを避難させようとしても無駄である。サナギは自らの能力を使って時間を戻すだけだ。サナギはそのつもりで、扉の外の研究員が去るのを待った。研究の途中で一々邪魔されてはたまらない。確実に遠ざかってから研究に専念するつもりだった。同時にムジナの方を警戒しながら。


 だから、予想外の角度から起こった出来事には反応が遅れたのだ。


 グルォオオオオ、という獣のうなりに似た声が響き、直後、研究室の東側、扉とは反対方向にある壁が外からの攻撃を受けて崩壊したのだ。


「うオッ!」


 壁の破片やほこりが舞い、ムジナは慌てて扉側へ移動した。ムジナは、この場所へは火薬を仕掛けていない。ノームにとっても予想外の出来事であった。


 壁に空いた巨大な穴の奥に、黒い物体が見える。初め、それが何かわからなかったが、よく見ると人型をした物体らしい。


「ベール! お前なにやって……」


「ウガァアアッ!」


 サナギが能力を発動する前に、黒い物体――ベールは腕を伸ばし、サナギの体をつかんでいた。


 そしてあっという間に外へ引きずり出す。サナギとサナミに従順なこの悪魔は、緊急状況下で真っ先にサナギの命を優先したのだ。


「逃げるぞコサメ!」


 サナギが部屋から出されると同時にムジナが駆ける。機械のスイッチを押し、カプセルのフタをオープンさせる。フタが開ききらないうちからコサメが飛び出してきた。


「あいつの能力! サナギ自身が部屋の外に出ちまうと効果が現れねぇみたいだ! 今のうちにいくぞ!」


「う、うん!」


 ノームの肉体が出現し、コサメを抱きかかえた。扉の外には研究員がいる。崩壊も起こっている。そちらに逃げるのは危険だ。


 方向はひとつ。たった今サナギが連れ出された穴から外に出るしかない。


「うおおおおッ!」


 コサメをかかえたまま飛び出す。穴のすぐ外はもう砂漠の大地であった。吸血植物の森が目の前にある。その木々の間に、サナギを抱いたベールがいた。


「ベール! 早く、く、アイツらを捕えんかァー!」


サナギがじたばたと暴れるが、ベールは動かない。絶好のチャンスだとばかりに、ノームは素早くその脇を走り抜けようとする。


「撃て!」


 そう声が聞こえたと思った瞬間、何かがノームの足を貫いた。熱い。右脚のふくらはぎに熱いものがめり込んだ。うぐっ、と声を漏らしてノームが砂上に倒れる。


「ノーム、だいじょうぶ?」


 ノームの右脚は銃で撃たれたのだ。背後からだ。倒れたまま研究所を振り返ると、銃を持った研究員が数名、ノームを追って出てくるところであった。その中にはDr・サナミの姿もある。


「男の、の、方だけを撃つんだよ! 実験体には、には、傷をつけちゃいけない!」


「早く、早く捕まえろォォ! ベール!」


 サナギとサナミが同時に叫ぶ。


 ノームは動けなかった。

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