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第63話・繰り返す攻防

 ムジナがサナギに襲いかかる。もう、ナイフを寸止めしようとは思わない。力を込めてナイフを背中へ突き刺す。白衣を裂いて肉に割って入り、老いた背骨をこすり血を流させる。


 それを確かに視認したと思った瞬間、またもや時間が戻された。ムジナは元の場所へ戻っており、サナギは無傷のままだ。


 サナギはコサメの肩をつかんでいる。


「さぁ、さぁ、お嬢ちゃん。ちょいと協力してもらう、らう、よ。なに、難しい事はひとつもない。ただ、だ、ちょいとこのカプセルに入ってくれれば、れば、それでいい。痛くもないし、暑くも寒くもない、ない」


「聞くなコサメ! これ以上こいつの言葉をッ!」


 ムジナが叫びながらナイフを投げつける。ナイフは計算通りに回転しながら飛び、サナギの首へ突き刺さる。


 そしてまた戻る。


「クケ、ノーム君。君は、は、脳みそを持っとるのかね? 攻撃をしても、ても、無駄だと証明しただろう。この実験室の中で、私に都合の悪い結果は、は、全て消滅するのだよ」


「うっせぇ! てめぇの研究を少しでも邪魔できるんだったら十分だ!」


 何度戻されようと構わない。とにかく攻撃し続けていれば、サナギも研究に取り組めないはずだ。何もせずに立ち尽くしているより何倍もいい。五回、六回、同じやりとりが繰り返される。


 七回目、愚直な機械のようにムジナが近づいた瞬間――。


 ドン、という破裂音が響き渡った。同時にムジナの体が後方へ押し戻される。サナギの能力によってではない。サナギの体から発射された何かによって飛ばされたのだ。


「ぐあッ!」


「ノーム!」


 ムジナは壁に叩きつけられた。コサメが悲痛な叫びをあげる。ムジナの体は黒い金属によって壁に固定されている。封輪(リング)だ。封輪がムジナの胴を囲み、先端を背後の壁に突き刺して固定している。


 サナギの手に円形の小型機械が握られている。機械の大きさは封輪とほぼ同じである。


「リングを射出する、する、装置さ。クケケ。私の専門は生物だが、だが、こういった機械の発明は姉の役目さ、さ。私が『紋』の仕組みを研究し、姉がそのデータを、を、使って『紋』に関する発明をする。クケ、クケ。素晴らしいだろう?」


「グ……うぅ」


 ノーム自身の肉体に封輪がつけられた場合、ムジナを出現させるという能力を使うことは出来なくなるが、今のようにすでに出現されたムジナに封輪をつけても、その存在は保たれたままである。しかし、ムジナの二次能力である”ノームの肉体を移動させる”能力は使えない。背中から生えていた腕が徐々に埋もれていく。能力が封印されたため、腕がムジナ本体のもとへ送り返されているのだ。腕がなくては封輪を外せない。


(しまっ……油断した)


 声すらも発せない。そこにいるのは、ただの弱小な獣だけだ。


「クケケケ。君がやけになって、て、メチャクチャに突っ込んできてくれたから、から、うまく命中させられたよ。もしも慎重に行動されていたら、いたら、私には正確に狙い撃ちをする技術がない、ない、からね」


 サナギは機械を懐にしまい、改めてコサメに向き直る。そして今度は肩ではなく腕を掴んだ。


「このカプセルの中に、に、入りなさい。早く、早く! 私はこの瞬間をずっと待っていたのだよ!」


「うわ、あ!」


 強引にコサメの腕を引っ張り、カプセルへ連れていく。空いた方の手で機械のスイッチを押すと、静かにカプセルが開かれた。やや上向きに取り付けられたカプセルの内部には、ちょうど人間一人がゆったり寝られるだけのスペースがある。それはまるで斜めに立てかけられた棺桶だ。


「突然起こされて、されて、しまったから、寝不足だろう、お嬢ちゃん。ここで、この中で、ゆっくりと眠っていてくれれば、れば、それでいいのだよ」


「い、いや……」


 コサメは本能的な恐怖から精一杯抵抗するが、かなうわけがない。いくらサナギが小柄の老人であっても、コサメはそれ以上に小柄で非力なのだから。


「あっ!」


 どん、と強く押され、コサメはカプセルの中へ入れられた。クッションが敷かれているためケガはないが、サナギの狂気に対する恐怖心がコサメを硬直させている。


「いい子にしてれば、れば、大丈夫だよ。クケク」


 サナギが再びスイッチに手を伸ばす。このスイッチを押すとカプセルのフタが閉まってしまう。


「クケケケクケッ!」


 枯れ枝のような指がスイッチに近づいてく。


 しかし、直前で指の軌道がそれた。激しい衝撃が研究室全体を揺るがし、サナギの体も揺れたからだ。衝撃は爆発音をともなっていた。研究室の中からではわからないが、どうやら建物のどこかで爆発が起きたようだ。


「何ィ……?」


 さらに続けて数回の爆発音が響く。音が遠くから聞こえてくるたびに室内が揺れた。カラン、と音を立て、ムジナにかかっていた封輪が床に落ちた。衝撃によって壁から外れたのだ。


「よかったぜ。てめぇの能力がこの部屋ン中限定でよォ」


 能力を取り戻したムジナがしゃべる。


「部屋の外は、問題なく時間が流れている。オレはそこの時間を稼げればよかったんだ。研究所のあちこちに仕掛けた時限爆弾が作動してくれりゃあよ。ロウソクと火薬だけでつくった超チンケな仕組みだが、うまいこと作動してくれたな」


「爆弾……。クケ、なるほど」


「コサメを探している途中、研究所の中に車を停めるガレージを見つけたんでな。たっぷりともらってきたぜ。車の燃料を! 研究所をブッ壊すために火薬や液体燃料をバラまいてきた!」


 突如、耳障りなサイレンが鳴り響いた。壁に取り付けられた緊急警報がやかましく騒ぎ立ててる。


「てめぇの能力を知る前に仕掛けた罠だが、予定以上に大成功だったな。おい、早く研究を中止して何とかしねーと、大事な研究所が燃え落ちちまうぞ? 部屋の外まではやり直しできねぇだろ!」


 ムジナは勝利の声をあげる。


 だが、サナギは不敵な笑みを浮かべたままであった。

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