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第61話・理想の実験室

「クケ、ケケ。それじゃ、じゃあ、早速始めようかね。ジュノ、お前は部屋の外に出て、て、いないさい」


「はい。サナギ様」


 Dr・サナギが卑しい笑みを浮かべながらジュノに指示する。


 その間にムジナはコサメの肩から飛び降り、近くの機械の影に隠れた。


(あのジュノとかいう女研究員が外に出たら、サナギに奇襲をかける。ヤツが実験を始めようとするまさに直前が狙い目だ! サナミの野郎がいないのが気にかかるが……実験が始められた後では意味がない。コサメの安全だけは最低限確保しなきゃならねぇからな)


 ジュノがサナギに背を向け、コツコツと足音を立てて扉の外に向かう。ノームは決断した。扉が閉められた瞬間にサナギへ攻撃を仕掛けると。


(今のうちにせいぜい笑ってろ、クソ科学者。扉が閉まると同時にてめぇの表情から笑みを消してやらァ)


 ジュノが部屋の外に出る。そして扉に手をかけた。観音開きの扉がゆっくりと動き始める。


(行くぜサナギ! そのウイルスまみれの脳みそをキレーに殺菌してやる!)


 ガシャン、と音を立て、扉が閉まった。


 ムジナが飛び出す。背中にはナイフを持った手が生えている。驚くくらい簡単に、サナギの背後へ近づくことが出来た。


「動くなッ! 白衣を血で汚したくなけりゃあなッ!」


 外のジュノに聞こえない程度の声でそう言い、首筋ギリギリにナイフを当てる。……はずだった。そうしたつもりだった。


「殺菌しても、ても、ウイルスは殺せんよ。むしろウイルスの繁殖を抑える菌がいなくなってますます酷くなる、なる」


 サナギは平然と話す。ノームの目には、サナギの姿が遠ざかって見えた。ついたった今近づいてナイフを向けたはずなのに、いつの間にか距離が離れている。よく見ると、サナギの立ち位置は先ほどと変わっていない。


 移動しているのはムジナの方であった。飛び出す前の、機械の影にムジナはいた。


(あぁ!?)


 ガシャン、という音が聞こえた。先ほど扉が閉まる時に聞いたのと同じ音だ。


(何だ……? ナイフを突き付けたと思ったのはオレの気のせいか? クソ、とにかく奴を捕える!)


 再びサナギに接近する。そしてナイフを突き付ける。


「なッ……!?」


 同じことが起きた。ムジナはまた機械の影にいる。サナギは笑みを浮かべたまま立っている。


 何かの動く気配を察し、ムジナは扉の方に視線を向けた。動くもの。それは扉。ジュノによって閉ざされたはずの扉が、今再び閉まりかけている。そしてガシャンと音を立てて閉ざされた。


「これはッ! 一体何が起こってやがるんだ!」


「クケ。少し静かにしててくれないかね、ね? ノーム君。ひとまず落ち着いて話でも……」


 落ち着くはずがない。ムジナは三度飛び出した。ただし、今度は方向が違う。サナギではなく、コサメに向かって走り出した。走りながら、ノームの肉体をこの場に出現させている。


「訳がわからねぇが仕方ねぇ! 逃げるぞコサメ!」


 全身を現したノームがコサメを抱きかかえ、扉に手をかける。初めの想像以上に危険な状況であることは、サナギの態度から理解できた。


「無駄じゃよ、よ。逃げることも攻撃することも許可せん。まぁ、まぁ、とりあえず落ち着きなさい」


 もう気のせいでは済まされない。『紋』の能力を受けているとノームは確信した。ムジナはまた同じ場所に戻されている。コサメも同じ場所に立っている。そして出現させたノーム本体の肉体は研究所の外に。ガシャンと音を立てて扉が閉まる。


 同じ時間が繰り返されている。


「世間では、では……私のことを狂気の、の、科学者だなんて呼んどるそう、そう、だが、その原因は主に人体実験に関する、することらしい。生きた人間を実験に使うと、と、予想外の出来事が起こったとき、とき、その人間の生命が危ういから、から、だとさ。クケケ。全くバカげとる、とる」


 ノームは急激に気分が悪くなるのを感じた。サナギの声や言葉遣いは人を不愉快にさせるに十二分なものであった。


「私の実験には、には、失敗などという結果は出ない。予想外の出来事がいくら起ころうと、と、結果には残らない。この研究室から出ていく、いく、結果は、すべて『成功』のみ。クケケケクケ。成功するまで、まで、何度でもやり直せるんだから、から、ね」


 ここで初めてサナギはムジナの方を見た。


「思い通りの、りの、結果が出せるまで……あるいは邪魔が入っても、も、関係なく、連続してやり直すことが出来る。それが、それが、私の能力。【理想の実験室】さ」


「何度でもやり直せる、だと……?」


「クケケ。そう、そう。実験が成功するまで、何度でも、でも、ね。だから失敗などない。私の実験に、に、失敗はない。人体実験をしても、しても、何一つ問題はない、ない!」


(ザケんな……。強制的に、の部分が抜けてるぞ。倫理の問題を無視してやがる)


 自分は悪くない。心の底からそう思い込んでいる人間が最もタチが悪いということを、ノームは実感した。目の前にいる人物は”悪いことをした人間”ではなく、”悪の思想を持った人間”なのだと確信した。


「てめぇは……世間の評価以上のゲス野郎だな」


「クケ? 全くもって、もって、不思議だな。失敗のない実験。これ以上に素晴らしい、しい、ものがこの世に存在するかね? ね? この『紋』の能力を持って生まれた、れた、その瞬間から、私は研究者として、して、生きることが義務付けられているのだよ、よ」


 コサメは立ちつくしたまま震えている。話の内容はよくわからないが、部屋中に満ちるドス黒い空気を痛いほどに感じていた。


「この説明をしたのは、のは、君に邪魔をさせない、ない、ためだよ。何をやっても無駄だということを、を、説明してやった、やったのさ」


 サナギがコサメの方に向き直る。


「ついでに、でに、ちょいと教えてやろう。私の『紋』理論を。クケケ。君も、も、せっかく研究所に来たんだから、ら、少しは勉強して帰りたまえ、まえ」


「りろん……?」


 サナギは満面の笑みを浮かべたまま、近くのイスに腰かけた。

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