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第60話・土と草と太陽

 コサメがテンセイの家で暮らすようになってから三年がたった頃、コサメは重い風邪を患った。その年は秋の始めから寒気がひどく、村のあちこちで風邪がはやっていた。


 ただし、この男は例外であった。


「ただいまー。コサメ、ちゃんと寝てたか?」


 テンセイは掘り起こしたクズ(畑や山野に生える雑草)を大量に抱えて家に帰ってきた。


「デカい声を出すな、テン。お前の声は寝た子を起こす」


 村長のラシアがテンセイをたしなめる。テンセイがクズを探している間、ラシアがコサメの看病をしていたのだ。コサメは氷嚢(ひょうのう)を頭に乗せて眠っている。


「留守番ありがとな、爺様。後は大丈夫だ」


「なら、ワシはもう帰るからの。……本当に大丈夫か?」


「だいじょーぶだって。それより爺様がちゃんと一人で帰れるかどうかが心配だ」


「馬鹿にするな」


 笑いながらラシアが出ていく。扉が閉められるとほぼ同時に、コサメが目を覚ました。


「おかえり……テンセイ」


「あ、起きたか。まだもう少し眠ってていいぞ? 今から薬つくるからな。クズの根っこは風邪によく効くんだぞ。これを飲めば明日には治る。余ったら村のみんなにも分けてやろうかな」


「おくすり、にがいからいや……」


「ん? ああ、爺様が持ってきた解熱剤か。あ、さてはコサメ、起きたら薬飲まされるから爺様が帰るまで寝たふりしてたんだろ」


 コサメは布団の中に顔をうずめ、小さく頷いた。


「苦いモンほどよく効くんだよ。にがーい味が悪いバイ菌さん達を追っ払うんだ」


 テンセイがそう言って準備に取り掛かると、コサメはほんの少しだけ顔を出し、テンセイの大きな背中を見つめた。やがて、ふと思いついたように声をかけた。


「ねぇ、テンセイ」


「んー?」


「あたま、なでて……」


 テンセイは初めその意図がわからなかったが、ともかく返事をする。


「手に土がついてるから、洗ってからな」


「そのままがいい。つちがついたまんまが」


 コサメがそう望むなら、テンセイには断る理由がない。準備を中断してコサメのベッドに近づき、上着のすそで軽く拭っただけの手をコサメの頭に乗せる。大きな手のひらでやさしく頭を包み、髪を乱さないように気をつけて左右に動かす。


 コサメはテンセイに頭を撫でてもらうのがとても好きだった。テンセイの手についた土のにおい、草のにおい、そして太陽のにおいが、何よりも好きであった。柔らかな光の中にいるかのような、温かい幸せ。


 もう、二日もそれを感じていない。


「んん……」


「起きて、コサメちゃん。ドクターが呼んでるわ」


 コサメが目を開けると、そこには女性研究員・ジュノの姿があった。


 ベッドとテーブルと照明器具だけが存在する、質素な部屋。Dr・サナミによって連れ去られて以来、コサメはずっとこの部屋にいた。入浴とトイレの時以外は必ずこの部屋にいるよう、言いつけられているのだ。


「まだ暗いうちに起こしてごめんなさいね。急に予定が変わったみたいなの」


 暗いうち、とジュノは言うが、この研究所内では外の明るさはわからない。昼間は地中に潜り、夜の間だけ地上に現れ、数少ない窓はほとんど閉ざされている。太陽光どころか月明かりすら入らない。あるのは人工的な光だけだ。


「第四研究室まで案内するわ。ついて来て」


 ジュノが先に部屋を出、コサメはおとなしく後に従う。フォビアの牢獄から連続しての軟禁状態に気が滅入りかけているから。……と言うのもあるが、それ以上に不思議な安心感があった。何があっても、テンセイが助けてくれる。そんな無意識下の思いがコサメを支え、ゼブに従う余裕につながっていた。


 そしてそれは限りなく現実に近いものとなった。コサメが部屋から廊下へ出た時、足元から声が聞こえたのだ。


「おい、コサメ。無事か?」


 見ると、そこには見事に潜入を成功したムジナがいた。


「ノー……」


「しっ、静かにしてろ」


 かがんだコサメの腕を伝い、素早く肩まで登る。ジュノが振り返ったが、間一髪で見つからずにすんだようだ。


(オッサンとバランも近くまで来てる。もうすぐ会えるからな)


(うん)


 ノームの『紋』は、ムジナを介して自分の肉体を移動する能力を持つ。この時、ノーム自身が着用している衣服や手に持った道具なども一緒に転送することも可能である。だが、ノーム以外の生物を転送することは出来ない。故に、この状況でノームがムジナから手を伸ばし、コサメの体を掴んだとしても、コサメを研究所の外にある自分の元へ送ることは不可能である。


(派手な爆発でオレの潜入がバレちまった以上、こっそり抜け出すのはかなり困難だ。だが、まだ脱出の方法はあるぜ。いや、脱出よりももっと大きな効果をあげる作戦。それは制圧だッ!)


(せーあつってなに?)


(Dr・サナギの野郎をブチのめして、この研究所にいる職員を支配するんだ。トップの科学者を人質にすりゃあ部下は簡単に降参するはずだ。それに二度とオレたちを狙ってこれないようにも出来る)


 どの道ここまで来てしまった以上、直接対決は避けられない。砂漠を横断中にテンセイやバランとともに考えた作戦だ。


(何とか隙を見つけてDr・サナギかサナミを人質にとる。そのチャンスギリギリまでオレは潜んでおく。コサメももう少しの間だけおとなしく言うことを聞いてろ)


(うん。わかった)


 コサメは正直なところ完全には把握できていなかったが、ともかく最後の一文だけ理解した。


 ジュノの後を歩き、やがて鉄製の扉の前に到着した。扉の上には「NO.4」と刻まれたプレートが掲げられている。


「サナギ様。実験対象をお連れしました」


 ジュノが扉を開けながら声をかける。


 目的の人物がそこにいた。フォビア城で見かけたDr・サナミと全く同じ外見の男が。人一人がすっぽり収まるほどの大きさで、透明な素材でつくられたらしいカプセルが部屋の中央にあった。カプセル内部にはクッションが敷かれている。そのカプセルを様々な機械がとり囲んでおり、サナギはその機械を何やら操作しているところであった。


「来た、来た、ね。クケケ。どうぞいらっしゃい」


 サナギは、来訪者を笑顔で迎え入れた。

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