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第6話・旅への決意

 コサメは物心つく前に両親に死なれ、テンセイに引き取られた。両親に関する記憶はほとんどなかったが、数少ない形見の一つが髪飾りであった。いつ、どこで、どのような職人によってつくられたのかは誰も知らないが、陽光を思わせる優美な金の色と繊細かつ圧倒的な存在感を持ち合わせた竜の造形は、その知識に暗い人間が見ても”高級”だと理解できる代物である。


 二対になっていた髪飾りの片方は、今、港町バクスのはずれにある灯台にあった。灯台守が番をする最上階の部屋、古ぼけた木製テーブルの上に髪飾りが置かれている。


「へへっ、今日は大物が手に入ったぜ」


 部屋の隅には一人の男がいる。齢は18、9ほどであろう。肩よりも少し長めの金髪で、細い目と尖った耳がいかにも狡猾そうな印象を放っている。体つきは細いが脚が長く、格好を整えれば中々の美男子かもしれない。だが、趣味の悪い派手なバンダナと卑しい笑みがそれを台無しにしている。


「あの妙にゴツいオッサンにはビビッたけど……。これでようやくこの町とおさらばできるな」


 細い指で己の戦利品をつまみ、しげしげと眺める。

 ――言うまでもなく、この男がコサメの髪飾りを奪った男・ノームである。子どもの頃から悪童として知られたノームは今、灯台の窓を開けて町を見下ろし、優越感に浸った表情で声を張り上げた。


「あばよっ! さびれて淀んだ田舎町! オレは明日、もっとオレの能力にふさわしい世界へ旅立ってやるぜ! ざまあみやがれ!」


 光悦の詩は夕日に溶け、ノームの心を爽やかに満たした。

 この灯台は半ば朽ち果てているため人が近寄らず、ノームの絶好の隠れ家であった。当然今の声も誰の耳にも入らない……はずだった。


「見ィつけたぞドロボー!」


「ドロボー!」


「うわおッ!?」


 突然の怒号に驚き、危うく窓から落ちそうになる。必死に踏みとどまって振り向くと、そこにはいつの間にか、コサメを背に負ったままのテンセイがいた。


「な、なんでここがわかったんだよ!」


「この町は動物が少ねぇからな。獣臭ぇニオいを追いかけてきた」


「い、犬かよアンタ……」


 テンセイの視線は、ノームの手に握られた髪飾りに注がれている。『犯人』は確定した。どこにも逃げ場はない。


「それはコサメの両親の大事な形見なんだ。返してもらうぜ」


 拳を固く握り、腕の筋肉を隆起させる。無論、本気で殴るつもりはない。テンセイにとって、今は髪飾りさえ取り戻せればよく、また、自分が本気で殴れば相手の生命に関わることを知っているからだ。


 だが、ノームは意外な反応を見せた。テンセイの剛腕を見て額に汗を流してはいるが、そこに敗北の色はなかった。まだ勝機が残されていることを確信している目を、テンセイに向けたのだ。


「……あのムジナはどこだ? アレはどういう能力なんだ?」


「知りたいか?」


 ノームは上着をはだけ、肩を露出させる。テンセイと比べるとはるかに貧弱ながら人並程度の筋肉がついた右肩に、『紋』は刻まれていた。


「両親の形見だか何だか知らねーが、せっかく手に入れた獲物を返すわけが…………ねーだろォ!」


 叫ぶと同時にノームの左手からナイフが放たれた。右肩の『紋』に視線を集めての奇襲である。

 ナイフは回転しながらまっすぐにテンセイの心臓を狙う。到達する瞬間に刃が敵に向くよう、計算されたナイフ投げだ。


「うおりゃッ!」


 テンセイの反応も早かった。ナイフが自分へ向かってくるのを確認するや否や、右腕を横にふるったのだ。まるで空気そのものを叩き割るようななぎ払いは軽々とナイフを弾き飛ばし、灯台の内壁へと叩きつけた。拳が刃に触れたにもかかわらず、強固な皮膚は無傷である。


「テンセイ、ムジナが!」


 背中のコサメが叫んだ。

 ノームが放ったのはナイフだけではなかったのだ。右肩の『紋』からムジナが湧き水のように這い出し、ナイフが弾き飛ばされた隙にテンセイの足元を走り抜けていったのだ。ムジナはそのまま階段を駆け下りてき、視界から消えた。


「あのムジナを逃がすためにナイフを投げたのか? 本気で殺すような投げじゃなかったぜ」


「さぁね」


 ノームはあくまでも冷静だ。ナイフはもう一本も残っていないが、髪飾りはしっかりと右手に握ったままだ。


「港の大将から聞いたぜ。お前、昔っから盗みをやってたみたいだな」


「ああ、そうだ。そのおかげでオレァ町のつまはじき者さ。だからあちこちに隠れ家を持って逃げ暮らしてる。……で?」


「それも大将から聞いたぜ。だからこそ理由が知りたい。いくら金目のものったって、この町でつまはじきにされてんだったら換金のしようがねぇだろ」


「この町じゃあやらねぇさ。王都に行って向こうで金に換えんだよ」


「王都? お前も王都に行くつもりなのか? じゃあ乗船できるだけの金は持ってんだな」


 言葉の流れでついそう聞いたテンセイに対し、ノームはニヤリと笑って見せた。


「いいや……。オレの能力を使えば、船に潜りこむことぐらい楽勝だぜ」


「『能力』!」


「あばよ、ゴツいオッサン」


 テンセイは目を疑った。話をしているノームの左脚が、かかとの方から徐々に消え出したのだ。


「なぁッ!?」


「きえてる!」


 コサメの目にもそう見えるようだ。みるみるうちにノームの脚は空に溶け、続いて右脚、胴が消えていく。


「まっ待ちやがれ!」


 慌ててノームの肩をつかむが、その肩さえも消えてしまう。どんなに力を込めても無駄だった。顔が消える寸前、ノームの表情が変わった。決意と同時に怒りが込められた、凄まじい眼差しだ。


「オレはこんな汚れた町なんてさっさと出て行きてぇんだ! 王都で生活するにゃあ金がいるんだぜ!」


 その声だけを残して、ノームの姿は完全に消失した。当然髪飾りを持ったまま。


「テンセイ……」


「これがアイツの能力か。また逃げられたな。だが、目的は同じ王都だって判明した。ひょっとしたら同じ船に乗るかもしれねぇ」


 テンセイは、ノームが消える寸前に見せた目が忘れられなかった。

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