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第55話・師弟対決

 ふと気がつけば、吸血植物が退いている。バランとアクタインの周りにあった植物がいつのまにか後退し、二人を囲む空間をつくっていた。――昼夜で形態の変わる生き物だ。微速ながら移動も出来るのだろう。アクタインの圧に押され、決闘の邪魔にならぬよう引き下がったようにも見える。事実、そうであろう。仮に、この場に争い事は全て否定しなければ気が済まないという自称平和主義者がいたとしても、アクタインの圧に逆らうことは出来ない。ただただ傍観するばかりである。


 そんな大気に懸命に抵抗しているバランは、それだけで大した実力者だと言えよう。荒いながらもしっかりと呼吸をし、剣を持つ手は決して力を緩めない。いつでも俊敏に行動できるよう、全身の神経を尖らせている。だが、長くは持たない。時間が経てば経つほど体力と精神力を消耗してしまう。現に、二人が対峙してからまだ一分も経っていないというのに、バランは一時間もにらみ合っているように感じている。


(重い……。空気が重すぎる。腰から下が砕けて落ちそうだ……)


 嫌な汗が、額や背中をじっとりと濡らす。気温は低いはずだが喉が酷く渇いている。しかし、ツバを飲み込む一瞬すら命取りになりかねない状況だ。


 時が経つほどに不利。用心棒ティースが取ったのとは異なる、静なる耐久戦。バランがこの窮地を脱する方法は、ひとつしかなかった。


(足に力を入れろ! しっかりと、大地を掴んで……跳ぶ!)


 瞳に闘志の炎が光る。圧倒的な気迫を押し返すのは、自らの気迫しかない。バランは攻めに転じた。湖畔の水面のように静かな空間へ、波紋を広げたのだ。


「セアぁあああああッ!」


 凄まじい形相で叫ぶ。そして駆ける。重苦しい大気を割いて体を前へ押し出し、師へ向けて刀を振り下ろした。凡百の剣士が相手ならば、この一撃でケリがついてしまうほどの早業。限りなく静止に近い状態からの攻撃。バランの特技だ。


 とん、と間の抜けるぐらいに軽い音がバランの気迫を消した。

 

 振り下ろしたはずの刀が途中で止められている。アクタインの顔面、ほんの二、三センチのところで。


「……ふむ。前に出られた点だけは評価できるな」


 キン、という高い金属音で止められたのならわかる。刃を刃で受け止めたのなら、そういう音が出るはずだ。アクタインは素早く自らの剣を抜き、その刃でバランの剣撃を受け止めている。なのにほとんど音を立てていない。


(何が……何がどうなった!?)


 直線的に進むエネルギーは、ほんの少しその軌道をそらすだけで効力が激減する。アクタインの目は剣の軌道を読み、バランの呼吸を見切ったのだ。迫りくる斬撃というエネルギーの流れを把握し、それを無力化させるようにそっと剣を添える。ぶつかってきたエネルギーは絶妙な呼吸によって静かに受け流される。無論、ただ自身の技をひけらかすためではない。自分の剣へ衝撃を与えず、それによって刃こぼれを防ぐ効果がある。金属音がしないのは、空気を強く振動させるほどのエネルギーが発生していないからだ。空中に飛散せず、またアクタインの剣を傷つけてもいない。どこへ行ったのか。


 あろうことか、それは攻撃したバランの腕へ衝撃となって跳ね返ったのだ。


「ぐッ」


 バランは小さくうめき声を発した。腕がしびれる。自らが力を叩きつけたことによる反動と、アクタインに与えるはずが逆に跳ね返されてきた衝撃。二重の重みが若い腕にのしかかっている。


 剣を交えたまま、閃光のように思考がめぐる。


(見切られた! 完全にッ!)


 第一手を見切られた事実は大きな打撃である。剣のみに生きてきた者が、自分の剣を見切られることは致命傷に等しい。


 だがこの場合、バランの剣を見切ったのは、その師匠であるアクタインだ。弟子の剣技を見続けてきた師匠がその剣を見切れるのは当然のことと言える。絶望的に不利であることは否めないが、かえってこの事実がバランを奮い立たせた。


(師匠の強さはオレが一番よく知っている! 強い。強いからこそ、この場でオレが倒さなきゃならねぇんだよ!)


 開き直りとも取れるが、ともかく、心は折れていない。


(師匠はオレの剣を知り尽くしている。だが、この樹刀に関してだけはオレの方がずっと使いこなせている!)


 剣を上げ、後方へ飛んで一メートルほど距離を取る。次の一手には少々時間がかかるからだ。コンマ数秒の差で命を落とさないために。


 が、アクタインはそれも読んでいた。バランがアクタインを上回る手段は樹刀の力によるものしかない。アクタインは樹刀を嫌い、ほとんど使うことなくバランへ譲ったのだから。唯一敗因となりうる要素は徹底的に潰す。


 一閃。自らの気迫でつくった大気すらも斬り裂き、弟子の首を狙った。一切の無駄をなくした優美とも言える剣閃。光のように鋭いながらも大地のように重い。


「フッ!」


 バランはギリギリで反応し防いだ。激しい金属音が響き渡ってしまった点ではアクタインより技量が劣るだろうが、防ぎさえすればいい。一瞬防げれば時間は足りる。


(樹刀! 今だけは……とにかく今だけは全開だ!)


 今度はバランが攻める。剣による斬撃ではない。樹刀の柄からツルを放ったのだ。周りの植物は退いたが、樹刀は持ち主の闘志を反映して果敢に攻めた。達人の技は豪でありながら繊細。絡みつくツルで少しでもアクタインの動作を乱すのが目的だ。


 放ったツルが一閃の元になぎ払われる。そう、単純なツルの攻撃など阻まれるのは承知の上だ。だが動作を一つ余計にさせた。


「うおおおおおおッ!」


 さらにバランが前に出る。一度命令を出せば、樹刀は勝手にアクタインを狙い続ける。それと並行してひたすら自分も攻める。樹刀の能力と剣技の同時攻撃。


(師匠は小細工でどうにかなる相手じゃない! メチャクチャに押して強引にガードをこじ開けるしかない!)


 猛攻。相手が遥かに強者だと確信しているからこそ攻める。


 アクタインは守勢。――そして、弟子のその姿勢を見て小さくため息をついた。

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