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第53話・銃とマント

 爆発音を聞きつけたのか、大勢の足音が物置きへ駆けつける。Dr・サナギの完全に人里から孤立した環境に存在するため、研究員以外にも様々な生活雑務を担う職員が大勢いる。サナギの直接の部下となる研究員も含めると、研究所内の人間は合計三十名ほどである。


 爆発で破壊された扉や壁の前に集まる人ごみの足元を、小さな物体が走り抜けた。ムジナだ。職員たちがブルート自身の放った炎を消そうと大騒ぎしている隙を突き、まんまと建物内部への潜入に成功した。侵入者の存在が確実にバレてしまったが、どっちみち森の中に刺客が送り込まれた時点で自分たちの接近は知られていたはずだ。


「サナギが研究の予定を早めるとマズい。早くコサメを見つけて外に連れ出さねーとな」


 ムジナは小さくつぶやき、無人の廊下へ飛び出した。




 焦燥。ティースの心境を一言で表現するとこうなる。自分は距離を保ちながら銃を撃っているだけで勝てる。そう思っていた。


 だが、その”距離を保つ”ことがだんだん困難になって来た。何発かの弾丸がテンセイの体に命中したが、その突進のスピードを抑えるには至っていない。むしろ、ティースが攻撃するためには、移動する足を止めて振り返る必要があり、その隙にわずかながら距離を詰められる。いくら銃の腕前に自信があろうと、樹上を移動すると同時に暗闇の敵を狙い撃つのは不可能だ。どうしても正確には狙撃出来ない。予備の弾丸は大量に用意しているため弾切れの心配はないが、まだ最低でもあと一人バランを倒さなければならないことを考えると無駄撃ちは避けたい。


(クソッ……逃げだ、逃げ! 一旦銃での攻撃は中止して距離を保つことに専念だ! 銃を撃たなくても吸血植物が攻撃してくれる!)


 相手の傷は決して浅くない。やせ我慢しているだけだ。もう少しだけ時間をかければ必ず崩れる。そう判断しての戦略だ。


(逃げッ! 逃げッ! とにかく逃げ!)


 マントを翻し、枝から枝へ軽々と飛び移りながらひたすら逃げる。――もういっそのこと、この敵は放置してしまうか。とも考え始めた。ダメージは十分に与えた。仮に自分がこの場からいなくなったとしても、傷を負った男が二キロ先の研究所まで辿りつけるわけがない。途中で植物に捕まって死ぬ。そうに決まってる!


 ゴン、という鈍い音が思考を中断させた。いや、音ではなく、それと同時に襲ってきた強烈な振動が、だ。ティースが乗っていた枝が樹幹ごと振動し、おもわず足を踏み外しそうになった。何事かと足元に目をやる。そして焦燥は驚愕と変わった。


「オラァッ!」


 怒号が響く。発信源は、いつの間にか追いついていた男・テンセイだった。テンセイの剛腕が破壊鎚のごとく幹を殴り、激しく揺るがせていたのだ。ティースが攻撃の手を緩めた以上、テンセイは何のためらいもなく直線的な特攻が出来る。野生の獣にさえ匹敵するテンセイの脚力を持ってすれば、いちいち枝から枝へ飛び移る敵に追いつくことなどたやすいことだ。


「うおッ……おォ!」


「オラァ!」


 三度、鉄拳が走る。完全に想定外の攻撃にひるみ、ティースの足が滑る。カブトムシやクワガタと同じだ。樹上の敵を落とすにはどうすればいいか? 木を揺さぶって落とす。実に単純な戦法にティースは陥ったのだ。


(な……なんで! 急所じゃないとは言え銃で撃たれたのに追いつけるんだ……!?)


 ティースは足先から砂の上に落ちた。テンセイはすぐそこだ。


(もう逃げ回ってる余裕はない。一か八か、至近距離で確実に心臓を射抜くしかねぇ!)


 弾丸を込めなおしたばかりの銃を掲げ、テンセイの方へ振り向く。だが、振り向いた方向には何も見えない。月明かりが射しているはずなのに、視界は真っ黒な何かに覆われていた。それがテンセイの右脚の影だと気づいたのは、後方の木へ思いきり蹴り飛ばされた後であった。


「ガブァッ……!」


 肋骨が折れ、後頭部をしたたかに打った。意識が飛びそうになるが、用心棒としての義務感でぐっとこらえる。だがすぐに気絶してしまった方が幸せだったかもしれない。少なくとも、次の攻撃による痛みだけは感じずに済んだのだから。


 狙われたのは、銃を持つ右手。テンセイの拳が右手を木へ叩きつけた。ティースの右手指がローラーに挟まれたかのように潰される。指の骨だけでなく銃身さえも砕かれた。


「あ、ああ……」


 脅威の次は恐怖だ。あっという間に形勢を逆転され、攻撃のための銃も失った。もう何も抵抗する術はない。命の保証は限りなくゼロに近い。


 だが、意外にもテンセイの言葉が恐怖を消した。


「……これ以上、オレは手を下さない」


「あ?」


「もうお前とはケリがついた。トドメを刺す必要はないってことだ」


 この言葉! ティースにとってどれだけ嬉しい言葉だっただろう。任務失敗は別として、とりあえず命は助かったのだ。ティースは命よりも任務を優先するようなタイプではなかった。


「でも、このマントはもらってくぜ。お前だけは周りの植物に狙われてないからな。たぶん、このマントが植物からの攻撃を防いでるんだろ? すっげーヒドい臭いだからな。木が臭いを嫌がって攻撃しないってわけだ」


「え、え?」


 問答無用でテンセイはマントをはぎ取る。……ティースの恐怖が増大されて戻ってきた。ちなみに、正確には木でなく木の形態を取った菌生物がマントに仕込まれた臭いを嫌っているのだが。


「これを持ってたらオレも木に狙われなくなる。じゃ、後は頑張れよ。止まらないでひたすら走ってたらそれほど喰らわないから。それはもうオレ自身が証明済み」


 それだけ言ってテンセイはマントを羽織り、すぐに森の奥へと走り去っていった。と、同時に吸血植物が一斉に動き始める。幹にボコリと穴が開き、そこからツルの先端が……。


「ひっ、ヒィィィイイ!」


 闇夜に響く悲鳴を後に、テンセイは走った。

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