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第52話・二度目の対峙

 青白い光をおぼろげに放つ月が、ゆっくりと地平線の彼方へ傾きつつある。夜明けまであと二、三時間といったところだろう。夜が明けて気温が上がり始めれば、森の木々は地中へ潜る。Dr・サナギの研究所も同じだ。


「サナギとか言うクソ科学者、おそらくコサメが目を覚ましたら研究を始めるつもりだろう。オレ達の手が届かない地中の研究所で! コサメを奪うチャンスは今夜しかない!」


 ノームは、侵入口を求めて研究所の周囲にムジナを走らせる。だが、夜明けとともに地中へもぐるこの施設は、あらゆる箇所が封鎖されているためなかなか見つけられない。


「絶対どこかに穴があるはずだ。換気口だとか、排熱ダクトだとか、そんなのがどこかにあるはずだ」


 白い――暗くてよくわからないが、おそらくは白い――外壁の陰に潜み、ムジナに神経を集中する。建物の周りにも吸血植物が多数存在しているが、建物へ向けてはツルを撃ち込んでこないようになっているらしい。


 建物には窓が少なく、しかもそのほとんどが雨戸で閉じられている。しかし、北側の一階にある窓が開けられているのを発見した。先ほど見た時には確かに閉まっていた窓だ。他の場所を探している間に開けられたらしい。


「ってことは、あの窓は今開けられたばっかしで、誰かがいる可能性特大ってわけだな。……罠か? わざと侵入口をつくってあそこにオレを誘ってンのか?」


 さらによく観察すると、部屋の中からかすかな光が漏れている。室内灯の光ではない。ランプか、あるいはそれに似たようなものの光である。


「罠だとしても、他に選択肢なんてありゃしねぇ。上等だぜ。盗人ノームの腕前見せてやらァ」


 ムジナは一旦建物から離れ、近くの木によじ登る。ちょうど窓の内側が見えやすい位置だ。そこから改めて見ると、室内の光が動いている。やはり、ランプか何かを手に持った人物がいるようだ。――誘い込むための罠にしては少々おかしい。本当に罠だとしたら、無人を装った方が敵を誘いやすいに決まっている。ムジナは木から飛び降り、思い切ってその窓へ近づいた。そして窓縁へジャンプして素早く室内に潜りこんだ。


 まず感じたのは、埃にまみれた陰気な空間だ、ということである。部屋の大部分をダンボール箱や訳のわからないガラクタが占領しており、どれもが例外なく埃を被っている。どうやらこの部屋は物置(と銘打ったガラクタ捨て場)らしく、この窓が開けられた理由は換気のためだと思われる。


「ああっクソ! どっかにビン一本ぐれーねぇのかよ……」


 部屋にいたのは、金髪の中年男だ。研究員には見えない格好と体格だ。どちらかというと”軍人”だろう。ムジナの存在には全く気付かず、部屋中の箱や引き出しを開けては中身を探っている。


「体が治ってからもうひと月……いや、それ以上経ってるってのによォ、酒の一滴も飲めねぇなんてありえねぇだろ。消毒用でも何でもいいからとにかく酒が飲みてぇ」


(何だコイツ……、ん?)


 ノームはこの男に見覚えがあった。前に会ったことがある。あの時、男は帽子を被っていたが、まず間違いない。


(コイツは……ウシャスの採掘場に来てたゼブ軍人! オッサンが戦ったっていう炎の『紋』を操るやつだ!)


 軍人ブルート! この執念に燃える男は、目を覚ました後も、サナギの実験体として研究所に置かれていたのだ。想定していなかった人物の存在に驚き、思わずムジナが足音を立ててしまった。


「ッ! 誰だ!?」


 ブルートの声と同時に室内がパッと明るくなった。ランプに似た何か――右手の『紋』から噴き出す炎が強められたからだ。炎に照らされたガラクタの中で、ムジナとブルートが対面する。


「てめぇは! ウシャスで見た……」


 ブルートもムジナを知っている。


「タヌキ!」


「ムジナっつってんだろ!」


 ムジナの背からナイフを持った手が生え出す。障害物の多い室内では小柄なムジナが有利――なはずだった。


 一筋の光がその考えを否定した。光の正体は炎。ブルートの『紋』から発生した炎が、矢のように放たれたのだ。慌ててムジナはかわし、ガラクタの山に潜りこむが、火矢の当たった場所から炎が延焼し始めた。


(どーいうこった!? オッサンの話だと、コイツの炎は他の物体に燃え移ることだけが長所なはずだぞ)


「まだ実験途中だがよぉー……十分に使えるな、コリャ。Drに『紋』の改良は成功しましたって報告しなきゃだな。てめぇを炭焼きにした後でよ!」


 ガラクタの山へ数発の火矢が放たれる。同時に五、六発ほど連続して撃てるらしい。矢の炎がガラクタに燃え広がり、ムジナの行動範囲を徐々に狭めていく。


「あのデカい筋肉男もそうだが……オレはてめぇに対してもキレてんだぜ? オレの再出世を阻んだんだからなァあああ!」


 さらに火矢を放とうとする。と、ガラクタの中からある物体が飛ばされた。ナイフだ。ノームの腕がブルート目がけてナイフを投げつけたのだ。


「こんなもん! なんの足しになるってんだ!」


 テンセイ達に負け続けているとはいえ、さすがは軍人。素早く反応し、右手でナイフをたたき落とした。


 が、注意深くはなかった。投げられたナイフの柄に、布製の小袋がついていることは気づいていた。だが、その中身が何なのかは予想しなかった。もしもその中身を予想し、最悪の事態を想定できたなら、右手でナイフに触れようなどとしなかったはずである。身をかわすか、あるいは炎の出ていない左手でナイフを防いだことであろう。しかしブルートはそこまで注意を払わなかった。右手でナイフを払い、炎が小袋に触れてしまった。


 瞬間、爆発。『フラッド』の一人が使ったものと比べると格段に威力は劣るが、ブルートに大ダメージを与えるには十分な爆発が起こった。


「フォビアの町を出る時に見つけて少しだけ持ってきてたんだ。軍国主義の町だからすぐに見つけられたぜ。何かの役に立てばと思ったんだが……正解だったな。超役に立った、火薬」


 建物の外壁にもたれたまま、ノームはニヤリと笑んだ。

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