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第51話・耐久戦

 巨大な岩が坂を転げ落ちるような音を立て、車が樹木にぶつかった。衝撃で車に乗っていた荷物やテンセイ、バランの体がはじき出される。木の枝にしがみついて停止したバランが叫ぶ。


「あの拳銃野郎、オレがやろうか!?」


「いや……。あいつは俺がやる」


 テンセイの方はその巨体に似合わぬ身軽さで空中回転し、砂の上へ着地した。


「弾丸を防ぐにはオレの樹刀の方がいいって!」


 バランが続ける。が、テンセイは受け入れない。


「ダメだ。……お前のその刀、あんまり使っちゃいけねぇんだろ」


 そう言ってバランを見上げた。テンセイの目には、年相応よりも若干幼い顔が、幾分痩せこけているように映った。それに頬の止血用ガーゼが剥がれかかっている。


 テンセイは繰り返した。


「その刀を使いたくないもう一つの理由があるだろ。だからダメだ。ここでそれ以上能力を使うな。先に行ってノームと合流しろ」


 視線を感じたのか、バランが自分の頬に手を当てている。そして観念したかのように力の低い声を漏らした。


「……気付いてたの? ああ、そっか。オジサン、処刑台から落ちた時に樹刀に触ったもんね。そりゃあ気付くか」


 眼の下にクマが出来ているが、その原因は寝不足だけではない。


「わかった! それじゃあ、達者で!」


「おう!」


 バランが木から飛び降り、研究所の方向へ向けて走り出した。テンセイはその背中を見送らない。頭上に気配を感じたからだ。


 砂を巻き上げて太い足が地を蹴り、大破した車の陰へ素早く体を滑り込ませた。

 ほぼ同時に銃声が響き渡る。真下へ向けて発射された弾丸はテンセイの足跡を直撃し、砂の中へ埋もれて消えた。


「素早いな……。しかもそれだけじゃあなくて勘がかなり鋭い。よっぽど戦い慣れてるのか、それとも野生の獣に近いのか……」


 樹上から男が姿を見せる。目のあたりが妙にキラキラと輝いて見えるが、よく見るとそれは銀縁メガネのフレームが月光を反射する光であった。顔つきからすると二十前後だろうか。銀糸で編まれたと思われるマントを身にまとっている。


「名はティース。職業は用心棒。理解したなら消えてもらう」


 ティースと名乗った男は枝を蹴り、隣の木へと飛び移る。瞬く間にテンセイが隠れた車の陰を視認できる位置まで移動し、銃を向けた。が、そこにはすでにテンセイがいない。ティースと同時にテンセイもどこかへ移動していたのだ。


「どこかの木に潜んだか……。森の地形と夜の闇を利用するつもりか?」


 浅はかな、とでも言いたげにため息をつく。視線を周囲に巡らせると、すぐに見つけられた。ただし、見つけたのはテンセイではない。見つけたのは、ツルを撃ち出すべく幹に穴を開けた木である。


「森の植物はまだお前達の血液を狙っている。ツルの発射される方向が……お前の居場所だ!」


 瞬間、数本の木からツルが放たれた。ティースの右前方、二メートルほどの位置にある木の後ろへ向けて、だ。ティースはそこへ狙いをつけ、躊躇なく引き金を引いた。当然、木が邪魔になっているため命中はしないだろうが、テンセイの動きを少しでも邪魔出来れば十分であった。誰だって自分のすぐ近くに着弾すれば反射的に身を硬くする。その隙に吸血植物のツルが突き刺さる。それでいい。


 だが、ティースの思惑は見事に外れた。テンセイは怯むことも縮こまることもなく、猫科の動物のように木から飛び出した。自分に銃口が向けられていることは承知の上で、迫りくるツルをなぎ払いながら隣の木へ走る。


「バカが! 木の間を走り回ってれば当たらないとでも思ってんのか!?」


 テンセイの巨体が木々の隙間を縫い、ティースに近づいてくる。その体はほんの一瞬だけ見えてすぐに次の木へと消えてしまう。だが、一瞬だけ見えれば狙撃は可能。ティースにはそれだけの技術があった。

 時計仕掛けのように正確な動作で、引き金にかかる指に力をこめる。爆裂音とともに発射された弾丸は風の抵抗を受けながら闇の中を泳ぎ、ターゲットへ迫る。


「うぐっ」


 小さな声が聞こえた。走る動きが止まらないことから、致命傷になるような傷ではない。どうやら肩に着弾したようだ。テンセイは構わず迂回しながらも徐々に近づいてくる。


「避けるなよ、もう。どんなに逃げ回ったところで、ほんの少し寿命が延びるだけの結果にしかならないというのに。この大量の吸血植物と弾丸からはいつまでも逃げられない。アンタはもう……ホットコーヒーに入れられた角砂糖みたいに削れて消えるだけだ」


 弾丸を込めながら再び移動する。相手に近づかせる必要は全くない。完全に見失わない程度に距離を取りながらじわじわと攻めるのが得策だろう。時間は多少かかっても構わない。先に逃げた二人のうち、剣を持った方はすぐに追いつける。そいつも植物をかわさなければならないからだ。もう一人のバンダナの方はどこに行ったのか見当がつかない。何らかの『紋』を使っていることは確かだろうが、とにかく眼下の大男に集中することにした。


 ――確実に仕留める。それが最優先だ。……が、個人的な要求としては出来るだけ早く済ませたい。この臭いはたまらない。


 臭いの発信源は、ティースのマントだ。別に不清潔に扱っているわけではない。元々ある理由からこのような臭いを発するようにつくられているのである。


「だが、そんなのは優先が後だ」


 振り返って弾丸を放つ。弾丸はテンセイの脇腹をかすめた。


「時間がたつほどこっちが有利。あいつがどんな怪力の持ち主であっても、追いつかれなければ少しも怖くない。地面は砂だけだから石を投げられることもない。木の上にいる限りは全く問題にならないな」


 表情は変えないが、勝利を確信した声。


 もっとも、これはティースだけが考えている意見だ。テンセイは違った。ある確信を胸に秘め、吸血のツルと弾丸を懸命にかわしながら必死に敵へ近づくことを考えていた。

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