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第50話・突撃作戦!

 『冬虫夏草』という生物をご存じだろうか。これは菌の一種であり、冬の間は虫の幼虫に寄生してその体内で生長し、春から夏にかけて幼虫の養分を奪い、菌糸を伸ばして植物の姿となる。虫が植物に変化するように見えることからこの名がついた。


 Dr・サナギとサナミの研究所を囲む森の木々も、冬虫夏草に似た性質を持っているように見える。しかし、こちらは一日の間で急激にその姿を変える。灼熱の太陽が照りつける日中を冷たい地下でやり過ごし、夜になってから地上へ現れる。草ではなく、樹木の姿となって。そして何より最も大きな特徴は、光合成をほとんどしないことである。夜にしか姿を見せないのだから当然だが、では、養分はどうやって得るのか。答えは――研究所に近づく人間の血肉。Dr・サナギはこの生物を元にして研究所と森林をつくり、昼間は地上から消え、夜は近付くものを喰らう魔の領域を築いたのだ。


「クケ、ケケ。姉さん、あの子の様子は、は、どうかね?」


 研究室の廊下で、サナギはモニター室から出てきた姉・サナミに尋ねた。サナミは汚らしい顔をさらに醜く歪めて笑う。


「クケケ。昨日は丸一日ずっと怯えて、えて、震えてたけど、けどね。今はもうずいぶんと落ち着いてるよ、よ」


「そりゃ、そりゃあよかった。今夜はゆっくり眠らせて、せて、明日の朝から本格的な、な、研究をするとしようかね、かね」


 二人は笑う。ここ数日、この悪魔のような姉弟はほとんど笑みを絶やしていない。確実に予定通りに事が進んでいるからだ。


 ひとしきり笑い声をあげた後、サナミが改まって発言した。


「だけどね、ね。あの子、ついさっきまでぐっすり眠ってたんだけど、けど、アタシがモニターで見てると、ると、何の前触れもなく突然起き上ったんだよ、よ」


「クケ?」


「本当に突然、バネ仕掛けのお人形みたいに、に、体を起こしたんだ、だ、だよ。目もうっすらと開いていた、いた、た」


 わずかに興奮しているのか、言葉がいつも以上につっかえる。


「そして小さく、さく、こうつぶやいた。『テンセイがくる……』とね、ね、ね! 確かにそう言ったんだ! それだけ、だけ、言ってすぐにまた眠っちまった、まった、た、けどね!」


「クケケ! それは、それは、大したものだよ、だよ!」


 サナギも興奮している。そして声を張り上げた。


「まさに、まさにまさにィッ! そのテンセイと言う大男が、が! この研究所の森に来ているんだよ! たった今見張りが発見して、して、刺客を向かわせたところさ!」




「まだ見つからねぇか? ノーム」


 研究所で自分の名が挙がっていることなど露知らず、テンセイはノームに聞いた。牢よりも暗い闇のために正確な時間はわからないが、ムジナを外へ送り出してから十分近くは立っているようだ。


「まだだ。森の中央付近だとは思うんだけどよォー……。何せどこが中央なのか全然わからねぇからな。木の触手を避けながら走らなきゃならねぇし」


「焦らなくていいよ。少なくとも今んとこオレ達の身の安全は確保されてるしね」


 バランの樹刀が張った壁は、植物からの攻撃を完全に防いでいた。時折、壁にツルが突き刺さるものの、多少の穴はすぐに修復されている。


「ムジナが研究所を見つけたら、この壁を解除して一気に目的地まで突っ走る。走り続けていれば敵も狙いをつけにくいからね」


「ああ……。お! あった! 見つけたぞ!」


 ノームが声を張り上げた。


「研究所だ! ここから南西へ二キロほど行ったところにある!」


 と、その時!


 ダダダ、と銃声が響き、樹刀の壁に激突した。枝が弾丸によって削り飛ばされ、壁の頂上付近に穴が開けられた。


「何だッ!?」


 ノームが穴を見上げると、吸血植物の枝の上に一人の人間が立っているのが見えた。月明かりを背にしているため、逆行で顔はよく見えない。


「侵入者見ーっけ」


 男の声だ。


「隠れろ、ノーム!」


 テンセイが叫び、ノームに飛びついて地面に押し倒す。その直後、ノームの立っていた場所に二発の弾丸が命中した。先ほど開けた穴から弾丸を通したのだ。


「Dr・サナギの用心棒か、アイツは! 護衛の役割をするのは植物だけじゃあないってわけだな」


「ご名当」


 声と同時に弾丸が飛び、壁の穴をさらに広げる。


 バランはすぐさま穴を修復するよう念じた。が、それよりも早く、吸血植物から射出されたツルが穴の縁へ絡まり、修復を阻んだ。


「ドクターはこれから研究で忙しくなるんだ。お前たちはここで始末させてもらうよ」


 男は弾切れになったのか、弾丸を込めなおしている。その一瞬が勝負だった。


「小僧!」


「わかってるって!」


 テンセイの号令で、バランは樹刀に命令を下した。壁を解除しろ、と。樹刀は瞬時に枝をその身に回収し、三人を囲む防御壁を失くした。


「ノーム! お前はムジナを通じて先に研究所へ行け! オレ達もすぐに追いつく!」


 テンセイは言いながら車のエンジンをかける。冷え切った車体がブルンと振動し、息を吹き返す。バランも急いで車に飛び乗った。


「それじゃあな。先に行ってるぜ」


 ノームだけが車に乗らない。その代わり、肉体をムジナの方へ転送し始めていた。ムジナはすでに研究所へ到着している。


「逃がすかッ!」


 樹上の男が装弾し終えた銃を構え、同時に周りの木々がツルを射出する体勢に入る。


 車の発進の方がわずかに早かった。衝突することも覚悟の上で、木々の隙間へ向けて急激に速度を増して突っ込んだのだ。


 銃声が響く。月明かりの中であるにも関わらず正確な射撃だったが、バランの樹刀が傘状に変形し、木板を何枚にも重ねて強化した盾となって弾丸を防いだ。受け止められた弾丸が車体の上に落ちる。見たところ、何の変哲もないごく普通の弾丸だ。


「あの男はこの場で倒さなきゃならないみてーだな。樹間の狭い森ン中じゃあいつまでも車を走らせられねぇ」


 そう言った、まさにその瞬間。車のすぐ目の前に、一本の吸血植物が現れた。

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