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第49話・夜の森

 何かが、体をくすぐっている。いや、這いずっている。バランの意識はゆっくりと眠りから現実へと戻され始めた。だが、妙に体が気だるい。目を開けることさえ億劫だ。さわさわ、かさかさ、という音が聞こえ始めた。そして――。


「起きろ小僧!」


 鉄鎚で頭を殴られたかのような衝撃が走る。反射的に目を開けると、空はまだ暗いままであった。夜明けまでは眠っている予定だったのに、なぜ夜中に起こされたのか。その理由はすぐにわかった。まず気づいたのは、被っていた布が取り払われていることだ。自分の体の上にあったボロ布がなく、代わりに何かが乗っていた。いつの間にか出ていた月の明かりに照らされて小さな輝きを放つ物体が。


 その正体を理解すると同時にバランは剣を振るった。宙へ飛びあがり、自分の体についたそれを斬り落とす。


「木の枝……?」


 枝ではなく、ツルだ。バランの持つ樹刀が発するものと同じようなツルが、自分の体に刺さっていたのだ。切断されたツルの断面から鮮血が滴っている。バランは叫んだ。


「何だよ、これ!」


「知るか!」


 ノームが返す。ノーム自身も、自分の体に刺さったツルを抜いている最中であった。テンセイも同様である。


 眠りに入る直前、確かにこの場所は砂漠だった。植物の一つも見当たらない死の土地。だが、今三人の目に映る景色は間違いなく”森”である。樹木が立ち並び、その間から漏れる月の光が車に降り注いでいる。


「こっ……これは! 何でイキナリ砂漠が森に変わってんだ!」


「砂漠っちゃあ砂漠だ。地面が砂地のままだからな。普通の森林地帯は地面が黒っぽい土壌になってるはずだぜ」


 自然に詳しいテンセイが説明する。その通り、車のタイヤが乗っているのは砂の上だ。周囲を囲む植物も砂から生えている。


「こんな水も養分もロクにねぇところで、これだけの植物が育つわけがない。しかもあるのはデカい木ばっかしで、他の雑草や夜行性の虫なんかが全くいない。どう考えても普通じゃあねぇぞ、これは」


「『紋』か……?」


 ノームが右腕を押さえながら発言する。右腕を抑える左手の隙間からは血が流れ出ていた。


「吸血植物ってところか、コイツらは。オレたちはこの『紋』の罠に嵌っちまったのか?」


「『紋』の能力なのか、それともただの怪奇植物か。可能性が高いのは後者だろうな。この森、どこまで木々が続いているのか全くわからない。こんな広範囲に作用する『紋』ってのは少し考えられない」


 ヒュッ……と空を切る音がノームの背後から聞こえた。ツルだ。ワイヤーを射出するがごとく、木がツルを撃ち出してきたのだ。


 素早く振り向いたノームがナイフを舞わせ、ツルを斬る。切断されたツルの先端は地に落ちて動かなくなったが、残った方はズルズルと幹の中へ引っこんでいく。

 と、今度はその隣の木の幹に穴が開き、ツルの先端が顔をのぞかせた。隣だけではない。三人を囲む木々、数十本が同じ動きを見せていた。


「おいおいおいおい! 来るぞ!」


 ノームが叫ぶと同時に、木々が一斉にツルを射出した。ターゲットに向けての一斉掃射。ノームとバランは斬り、テンセイは引きちぎることでなんとか対応しようとするが、全方位からの攻撃は防ぎきれない。次々とツルが到達し、服や皮膚を突き破って肉の内側へ潜り込む。血が吸われていく感触。刺さったツルを優先して対処している間に、次のツルが襲いかかってくる。植物のくせに動きが速い。数が多い。キリがない。


「樹刀!」


 バランが叫び、手に持つ樹刀を高く掲げた。その肉体に幾本ものツルが突き刺さるが全く構わない。掲げた刀はバランの命令を受け取り、己の姿を解放し始めた。枝やツルが無数に噴き出して複雑に絡み合い、さらに高く昇る。そして三メートルほどの高さまで来た瞬間、傘を開くかのごとく一気に散開した。


 糸で布を縫うように、枝やツルが絡まって幕となっている。その幕が三人と車を覆い囲むようにして地に突き刺さる。植物のドーム。月明かりも入ってこれないために中は真っ暗だが、とりあえず攻撃を凌ぐことが出来た。


「同じだ……」


 ツルを引き抜きながらバランが言う。


「オレの樹刀と、この森の木はスゴく似てる。本来ならありえない所に植物が発生し、狙った方向へ枝やツルを伸ばす。吸血能力はないが……オレの樹刀は、きっとここの植物を元にしてつくられたんだ」


 確かに、樹皮の色合いや枝の形が酷似している。


「樹刀には『紋』がついてるけど……吸血が出来なくなる代わりに刀に変形出来る、ってのが能力なのかもしれない」


「かもしれない?」


「前に言ったっしょ。オレ自身もコイツの詳しいシステムはわかってないんだよ。ただとりあえず命令したらその通りに動いてくれるってだけで。だけどサナギは知ってる」


 よくそんなものを使えるもんだ、とノームは思ったが、ウシャスが有する封輪(リング)も同じだ。ちなみに、ノームに嵌められていた封輪はすでに外されている。バランが空家で合流する際に封輪の鍵も持ってきていたのだ。


「つまりぃ? この森のどこかにDr・サナギとサナミの研究所があるってことでいいのか?」


「たぶんね。昼間は周囲の森ごと砂の中に隠れてるんだ。出入りが可能なのは夜間のみ! そして吸血植物の森が防衛設備の役割を担ってる」


「何のために?」


「研究所の場所を隠すためじゃない? 人前で公表しちゃあマズいような研究ばっかしやってるってウワサだしね」


 本当はとっくに目的地へ到着していたのだ。ただ、昼間は地上に何も見えなかっただけで。これからの行動は決まった。


「ノーム」


「わかってるぜ、オッサン!」


 言い終わるや否や、ノームの右肩からムジナが現れた。


「小僧、ここんとこ少しだけ開いてくれ」


「バランって呼んでよね、いい加減」


 枝でつくられた幕の一部がうねり、小さく開いた。その隙間からムジナが外へ飛び出していく。


「オレ達が森ン中を闇雲に走ってたんじゃあ、研究所に辿り着く前にやられちまう。まずムジナを先行させて研究所を探す! ムジナのすばしっこさならあのツルをかわすことぐらい朝飯前だ!」


 森の中を、ムジナは一直線に駆けて行った。

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