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第48話・砂漠越え

 容赦なく照りつける太陽光。南西へ向かうに連れて徐々に周囲の岩肌は砂に覆われていき、やがて砂の海へ突入した。


「おい、この車もっとスピードでねぇのかよ」


 ノームが運転席のバランへ文句を言う。一刻も早くコサメを助けにいかなければならないという事情もあるが、それ以前に、高温の大気による体力の消耗が激しく、早くこの地帯を抜けたい一心であった。


「しょうがねぇよ。定員オーバーだもん」


 バランとノーム、それにテンセイが乗っているのは、二人乗りの自動車だ。速やかに砂漠を乗り越えるために借りてきた(ただし、持ち主には無許可でしかも返すつもりがない)のだが、馬力の低い中古品でしかも明らかに規定重量を超過しているため、どれだけアクセルを踏んでもあまり加速しない。かろうじて人間が走るよりかは早い、という程度だ。おまけに屋根がないため直射日光を防ぐ手立てがない。コサメがさらわれた後一晩かけて砂漠通過の準備したのだが、潜伏中の身分では行動も制限され、この程度が限界であった。


「方向はこっちであってんのか? 砂漠の中はほとんど位置がわからねーぞ」


「遠くの山が目印になるんだよ。研究所は前に一度行ったことがあるからわかるぜ」


 バランはハンドルを取りながら答える。


「師匠に連れられてさ。あん時は確か、夜中だったな。砂漠のド真ん中に森林地帯があってそこに研究所が建ってンだけど、夜中の森ってのがスゲェ不気味で印象に残ってる」


「森ィ? こんな砂ばっかしの大地にそんなのあるのかよ」


 ノームが地平線の彼方を見つめる。と、その目があるものを見つけた。砂に覆われた地面の一部が、ぷくりと膨れ上がっている。幅一メートルほどの長い隆起が、地平線の先から徐々に近づいてきている。


「おい、何だありゃ?」


「デカい生き物みてーだな。しかもかなり速い」


 テンセイもそれを見つけたようだ。と、バランが突如叫び声をあげた。


「ヤッベェ! ありゃあ砂蛇だ! 砂漠を支配する化け物!」


 前方から迫る隆起を避けようと、慌ててハンドルを切る。が、相手はそれを探知して回り込んでくる。ボゴリ、と壁に穴の開くような音が鳴り、直後に大量の砂が空中へ巻き上げられた。噴水のごとく吹きあがる砂の中に、土色の物体が見える。蛇と言うよりはミミズに近い、巨大な砂漠の主が。


「逃げよう! コイツの皮膚は固すぎてオレの剣でも簡単には斬れねぇ! 倒すのに時間がかかる!」


 しかし、逃げたくても逃げられない。どんなに焦っても車の速度はあがらず、敵は巨体をくねらせながら猛烈な勢いで迫ってくる。高く持ち上げられた頭部から、濁った体液のようなものが流れ出ている。御馳走を見つけた、といったところだろう。


「ダメだ、追いつかれる!」


 ノームも汗を浮かべて叫んだ。車全体が砂蛇の影に入り、陽光の代わりに砂が降り注ぐ。


「クソ、時間ロスしてでも相手するしかねぇか!」


 そう叫んだ瞬間、影が消えた。車に覆いかぶさろうとしていた砂蛇の体が、急激にのけぞったのだ。よく見るとその蛇腹が内側へへこんでいる。拳大の陥没だ。


 ボ……オォ……。うめき声に似た音を発しながら、ゆっくりと砂蛇が地に倒れる。テンセイの一撃が決まったのだ。死んではいないが、かなりのダメージを与えられている。


「オッサン、すげぇ!」


「砂漠には詳しくねぇが、野生の獣ってのは一度脅せばしばらくは大人しくなるんだよ。とっとと先を急ぐぞ」


 テンセイの言葉通り、砂蛇は車の追跡をやめた。予想外のダメージを喰らい、無理に相手をするのは賢明でないと判断したのだろう。戦いを避ける、という決定においては人間よりも野生の方が遥かに従順だ。


「立ち止っている時間はない。どんな邪魔も許さない。ただひたすら一直線でコサメを助けに行くッ!」


 固い決意は、真っ直ぐに南西へ――。


 だが結局、その日は目的の森林地帯を発見できなかった。どこまでも砂の荒野が続くばかりで、森どころかサボテンなどの植物もほとんど見かけられない。


 プスン、と気の抜ける音を立てて車が停止した。


「もうこれ以上の運転は無理だよ。午後から雲が出てきて月が隠れてるし、暗闇の荒野を進むのは危険が多すぎる。もし岩か何かにぶつかって車が壊れたら大惨事だよ」


「確かに、ロクな準備もないのに砂漠で交通手段が徒歩のみってのは無謀だな。コサメを助けるどころかオレ達が全滅しかねない。なぁ、オッサン」


 この提案にはテンセイも従うしかなかった。Dr・サナギは人体の研究を行う際、初めの数日間は観察に徹することにしている。その情報をバランが知っており、テンセイに伝えたからだ。少なくとも今日と明日はコサメの安全は保障されている。……確証はないが、そう信じるしかない。下手に動いてもどうにもならない状況だ。


「砂漠の夜は冷えるなァ……。マッチは持ってっけど、何か燃やせるもんないか?」


 ノームが軽く体を震わせる。生物のほとんどいない砂漠では、昼間に与えられた温度を夜まで保つ手段がない。熱はあっという間に地中や空中に逃げ、急激に冷え込んでくる。


「たき木になりそうな植物でもありゃあいいけど……この辺りにはなんにもないな。さすがに樹刀は燃やせないしね」


 樹刀はテンセイ達が谷底で回収し、空家に持ち込んでいた。当然この場にも持ってきている。


「その代わり車ン中に布製のカバーがあったぜ。薄汚れてはいるがこれを被ってりゃ少しは寒さをしのげるだろ。夜が明けたら出発だ」


 テンセイが布を引っ張り出し、二人に被せる。


「野宿ならぬ砂漠宿、ってわけだな」


 水は多めに用意していたものの、食料はわずかしかない。他にやるべきことはもう何もない。三人は車に乗ったまま一つに固まって目を閉じた。


 真っ先にテンセイがいびきをかき始め、続いて寝不足のノームが眠りに落ち始める。バランはなかなか寝付けなかったが、一日中砂漠を渡っていた疲労で徐々に意識が薄らいでいく。


 ――空腹と焦りのせいで浅い眠りしか出来ないが、それが後に幸いとなることを三人はまだ知らない。

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