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第47話・研究員ジュノ

 テンセイとノームは、フォビア城下町にある空家でバランとコサメを待っていた。今朝、処刑台からガケへ落とされた二人が何故無事に生きていられるのか。少しだけ説明しよう。


 ――まず、テンセイの拘束が完全には済んでいなかった、ということが幸いした。このこと自体は初めの計画になかったことであり、仮に拘束されていたとしても、皮製のベルトなぞはテンセイの怪力の前では無力に等しい。執行人達の視界から消えると同時にベルトをブチ破ることは可能だった。が、腕を拘束されなかったことで、その後の行動がよりたやすくなったのは事実である。


 テンセイの取った行動。それは、バランが投げてよこした剣を受け取ることであった。バランがノームの柱を切断した直後、握られていた樹刀がすっぽ抜けてガケ下へ落ちてしまったのだが、これは偶然でなく故意に落とされたのだ。落下し始めていたテンセイへ向けて、バランがさりげなく渡したのである。


(樹刀よ、その姿を解放しろ!)


 バランは心の中で念じた。と、テンセイが受け取った樹刀から、あの奇怪な植物が生え出した。刀身はみるみる内に木の幹や枝へと変化し、テンセイが地上へ到達する直前、幾本もの枝がガケの壁面に伸びて付き刺さったのだ。そして刀を握っていたテンセイの体ごと空中に固定した。丁度、ウシャスの軍本部でバランがノームを固定したのと同じ格好である。ほぼ同時に落下して来たノームも樹刀の枝に受け止められ、二人はほとんど傷を負うことなくガケ下へ降りることに成功したのだ。


「……ひっでぇな、こりゃ」


 谷底に着陸したテンセイの第一声がこれだ。ほとんど陽の光が入らない亀裂の底には、おびただしい数の死体が散乱した。全ての死体は例外なくバラバラに砕け、乾燥した風によって風化しかけているものもある。二人はそこにあった死体の服と自分の服を交換し、軍人達が降りてくる前にその場を立ち去ったのだ。


「この空家に捨てられた古着があって助かったぜ。死体からはぎ取った服なんていつまでも着ていたくねーしな」


 そして今、二人はバランとの打ち合わせ通りにフォビアへ戻り、空家でバランとコサメが来るのを待っていた。合流した後にゼブ国から脱出する予定である。


「なぁ、オッサン。あの小僧、ちょっと遅くねーか?」


「看守に見つからないよう、慎重に行動してんだろ。そりゃ少しは遅くなる」


 そう言っている時、突然空家のドアが開かれた。そして入ってきたのはバランだ。しかし、顔中に嫌な汗を浮かべており、しかも一緒にいるはずのコサメがいない。


「ご、ごめん! にーさん! あの女の子が……」


「どうした!?」


「さ……さらわれた。ついそこで、たった今! Dr・サナミのクソ野郎に連れていかれちまった!」


 衝撃が走る。


 この言葉を聞いたテンセイの表情! 血の気が引く、青ざめる、などと言った表現すら生ぬるく感じられるほど絶望の色に染まっていた。


「どこだ! コサメはどこに連れて行かれたんだ!?」


 潜伏の身であることすらも忘れて大声を発し、バランの肩を掴む。その目は血走っていた。


「たぶん研究所だ。Dr・サナギとサナミの研究所が南西の砂漠の中にあるから、そこに連れて行かれたはず!」


 バランが答えると同時にテンセイは外へ飛び出し、ノームが続いた。




 コサメは、ベールと呼ばれた黒い悪魔に捕らわれたまま、月夜の上空を移動していた。


「テンセイ、テンセイ! たすけて!」


「クケ、クケケ。叫んだって誰も助けには来れない、ないよ、お嬢ちゃん」


 Dr・サナミが笑う。


「あんまり暴れないでおくれ、くれ。ベールがうっかり、かり、落としちまったら大変だから、から、ね」


 ベールの外見は、伝承や神話に残る「悪魔」のイメージを忠実に再現したものであった。人間の体で頭部にはヤギのような角が生え、翼と長い尾を有している。顔は仮面を被っているかのように起伏がなく、目の位置に二つの光源があるのみだ。身長は四メートル近くあり、手足や銅の太さも常人の二倍以上はある。


 黒い体を闇夜に溶け込ませながら、ベールは砂漠の上を飛ぶ。そしてやがて、なぜか砂漠の中に存在する小規模な森林地帯へ到達した。森林の中央に、木々に囲まれた二階建ての建物が見える。ベールはそこへ降り立った。


「ジュノ! いるかい、かい!?」


 研究所の玄関前で、サナミは叫んだ。と、ガラス張りの扉が開かれ、中から一人の女性が現れた。白衣を着ていることから研究員の一人らしいが、サナギやサナミとは対照的に、背がスラリと高く顔立ちの整った若い女性だ。


「ご用でしょうか、サナミ様」


「この子を部屋に案内して、して、くれ。いつまでもアタシと一緒だと、だと、この子が怯えてしまうからね、ね」


「かしこまりました」


 ジュノからは狂気が感じられない。その雰囲気は一般の看護師によく似ており、優しい印象を放っている。


「……お名前は?」


 コサメに尋ねた。が、コサメは体を震わせるだけで何も答えない。突然連れ去られた恐怖がまだ支配しているのだろう。


「その子の名前はコサメだよ、よ。それじゃあ、アタシは研究室に戻るから、から、あとは頼んだよ、だよ」


 それだけ言い残してサナミは研究所の奥へ消えていった。いつの間にかベールもいなくなっており、ジュノとコサメだけが残されている。


「大丈夫……。怖がらなくてもいいのよ。しばらくの間は何もしないわ。あなたの様子を見たいから」


 震えるコサメの手を無理やり握り、立ち上がらせようと力を込める。


「あなたのお部屋に案内するわ。暖かいベッドもあるし、食事も用意してあげる」


 森のどこからか、獣の鳴く声がする。風が吹いて夜の森をざわめかせる。うつむいて顔を伏せたまま、コサメはゆっくりと立ち上がった。

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