第45話・死刑執行
ノームの細腕に、拘束用のベルトが巻きつけられる。両手両足の動きを封じられて立たされる姿は、まさに死刑囚そのものである。
一方、テンセイの方はまだ足首以外が拘束されていない。少々規格外な体型のため、執行補助役のゼブ軍人が拘束具をつけるのに手間取っているのだ。
「早く済ませろ。こんな雑務に時間をかけている場合か」
待機していた他の軍人が見かねたように処刑台へ上がる。と、その目が東の方へ向けられた時、向かってくる一台の車を発見した。ゼブ政府が所有する小型車だ。
「あれは誰だ? この仕事を任されたメンバーは我々だけだと記憶しているが……」
軍人が仲間に尋ねるが、誰からも答えは返ってこなかった。車はテンセイ達の乗せられてきた護送車に隣接して停止し、運転席のドアが開かれて一人の男が現れた。いや、男というよりは”少年”だ。それはゼブの少年剣士・バランであった。
「バラン・ユーチス。貴殿がここへ来ることなど聞いていなかったが……?」
「うん。ついさっき決定したばかりだもんね。この二人はオレが処刑するってこと」
バランの手に、例の樹刀があった。外見上は普通の刀にしか見えないが、バランが指示すればただちに奇怪な植物と化す、Dr・サナギの開発した軍用兵器だ。
「そもそも、さぁ。この二人はオレとシューレットさんを傷つけたって罪で裁かれてるんでしょ? だったらさァ、オレ自身の手で裁くのが当然だと思うんだよ。シューレットさんの分も含めて、ね。そうやって師匠に言ったら認めてくれた」
「アクタイン将軍が……?」
「ついさっきだよ。とにかくさ、この仕事早く済ませたいでしょ? ゼブとウシャスの一大事って時にさ」
「いや、しかし、これは我々の任務ですから。死刑執行の権利は我々だけに与えられたものであり……」
バランはそれ以上聞く耳を持たず、処刑台へ上がる。言うまでもないが、アクタインは一言も許可など出していない。そもそも、バランがすでに牢を出ていることすら知らないはずだ。
「無理に拘束具つけなくてもいいよ。どっちみち……もう逃げられないしね」
「ああ。もう観念した」
ノームが弱々しく答える。が、内心ではかすかに笑っていた。”ここまでは予定通りに事が進んでいる。あと少しだ”と。
執行人がいまだに何か反論しているようだが、そんなことはどうでもいい。――予定では、この後バランが二人を斬る……と見せかけて、谷へ突き落とすことになっていた。無論、ただ落としただけならさすがのテンセイでも助からない高さだが、その点に関しても対策はしてあった。後は……バランが約束通りに行動してくれるかどうか、それにかかっている。
「それじゃあね。にーさん、オジサン。一思いにスパッといくよ」
まずテンセイの前に立ち、剣を振りあげる。このまま剣を振り下ろし、『誤って』わずかに狙いがそれ、拘束用の木製柱を切断して谷へ落としてしまう。そんなシナリオだった。
だが、バランの取った行動は!
「ゼァッ!」
樹刀が、地面と水平に振られた。横へ払う剣撃だ。
(バッ……バカな! この小僧まさか!)
ノームの表情が驚愕に変わった。普段はフザけた態度だが、自分で決めたルールや約束には背かない性格だと思っていた。それなのに――。
「ッグオ……!」
テンセイはかろうじて頭を下げ、刀をかわした。拘束されていたら絶対に回避できない軌道であった。
「てめぇ……」
ここで、ここにまで来て! バランに裏切られたらもうどうしようもない。打つ手は何もない。少なくともテンセイとノームの生存率はゼロとなる。焦るノームや騒ぎ出す執行人をよそに、バランは叫んだ。
「おっと、避けられちゃったか。そんじゃあ次は! 動けない足から斬り刻もうかなァーッ!?」
目。バランの目は、剣に誓いを立てた誇り高い騎士の目ではない。死刑を執行する者の目でもない。怒りと狂気に満ちた、猟奇の目であった。
「テメェ、クソ野郎ォッ!」
ノームが叫ぶ。だが、剣はすでに動いていた。
太い、ガッシリとした物体に、冷水に濡れたような輝きが入る。美しい刃は寸分の違いもなく、一閃のもとに「それ」を断ち斬った。拘束の柱を。
「あッちくしょう! またしくじった!」
ぐらり、とテンセイの体が後方に傾く。すぐ後ろはガケだ。
「オッサン!」
「次はアンタだぜ、にーさん!」
剣撃はノームの背後から迫った。そしてこの一撃もまた、柱を切断するだけに留まった。柱を完全に絶った瞬間、バランの手から樹刀がすっぽ抜け、ガケ下へと落ちていった。
「うおおおッ! 小僧!」
ノームの体もテンセイ同様に傾く。ガケに落ちる寸前、ノームは見た。
バランがニヤリと不敵に微笑んでいる。他の軍人や執行人に見つからないよう、一瞬だけ笑って見せていた。普通に柱を斬るだけじゃあ、さすがにあざといからね。ちょいと演技しただけさ。そう言っているようだった。
「罪人が落ちたぞ!」
「バラン殿! だから執行は我々に任せろと……!」
軍人たちがわめきながらガケ淵に集まり、谷底を見る。だが、砂漠の亀裂の中は闇に包まれて何も見えなかった。
「バラン殿、私情を交えたばかりに昂りましたな。確実に首をはねなくては処刑になりませぬぞ。いや、どのみちもう助からぬでしょうが……念のためにガケ下へ行って死体を確認せねばならなくなりました」
執行人がバランを責める。一瞬の騒動で気が動転していたのか、上手いことバランの演技にかかってくれたようだ。バランがテンセイ達に味方することなど思ってもいないのだろう。
「アッハハ……すぃません。オレも一緒に降りて探すの手伝います。剣も落としちまったし」
それからは急激に慌ただしくなった。バランと数人の軍人はガケ下へ降りる道へ向かうために走りだし、ヤコウとコサメは再び護送車に乗せられた。ゼブの望みはただちにコサメを研究室へ送ることだったが、ヤコウの願いでもう一日だけ延ばすことにしていたのだ。
護送車へ乗り込む際、ヤコウは、走り去るバランの背へ向けて小さく敬礼を捧げた……。