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第44話・断崖の処刑場

「出ろ。お前たちの処分が決定した」


 看守は鉄格子の鍵を開けながら言った。時刻は午前六時。テンセイ達は全員目を覚まして(ヤコウとノームは結局ほとんど眠らなかったが)この時を待っていた。


「ふあぁ〜あ、やっと外に出れるか。長い一晩だったぜ」


 ノームが欠伸まじりに言い、真っ先に牢を出た。続いてヤコウ、そしてコサメを抱いたテンセイが石畳から腰を浮かせ、看守に手錠を嵌められた。


「処分はどのように?」


 ヤコウが看守に尋ねる。


「それは後で教える。今は黙って外に出ろ。外に護送車が待機しているからそれに乗れ」


 と、その時。鉄格子を叩く音が牢内に響き渡った。音の発信源は言うまでもなくバランである。


「看守さーん、ちょっと、オレも出してよ」


「ん? 君は明日の朝までそこにいるんじゃあなかったか? 確か昨日、アクタイン将軍から”明後日まで入れといてくれ”って言われたような……」


 中年の看守は怪訝な表情をつくる。


「今日だよ、今日! だってオレ、今日仕事入ってるもん」


「そうだったか? う〜ん……」


 少しだけ考え込んでいたが、すぐに決断した。どうせ間違いがあっても責任があるのはコイツだ、と判断し、バランの牢を開けた。出てきたバランは走ってテンセイ達に追いつき、朗らかな笑みを浮かべながら声をかけた。


「よっ、にーさん、オジサン。顔合わせんのは久しぶりかな?」


 確かに、昨夜は声しか聞こえていなかった。ノームはハエを追い払うかのように手を振りながら答える。


「ンなことより、早く……」


「わァってるって。そんじゃ」


 軽く頭を下げ、バランは護送車がある中庭とは逆の方向へ駆けて行った。それとほぼ同時に、護送車から一人のゼブ軍人が降りてテンセイ達を呼ぶ。四人は大人しく従って護送車へ乗り込んだ。

 

 じきに車が発進する。窓がないため外の様子は見えないが、どうやら城の外へ出て行っているようだ。門を通過する際、先ほどの軍人が運転しながら説明した。


「処分は城内では行わない。ここから西へ二十キロほどの場所に処刑台があり、罪人は全てそこで処刑することになっている」


「処刑……ですか」


「罪状は”死刑”そう判決された。貴様らは我が国の使節を故意に殺害したのだからな。ゼブへ盾突いた罪は決して許されない」


 相も変わらず身勝手な言い分だが、誰も反論はしなかった。もう嫌というほどわかりきったことだ。


「ただし、その少女だけは別だ。まだ罪があるのかどうか疑問が残っているからな。しばらくの間我々が保護する」


 無論、本当に保護するつもりなど毛頭ないだろう。Dr・サナギとその姉サナミに研究材料として与えることは目に見えている。


 それよりも重要なことがある。二人の処刑が”西の処刑台”で行われるということだ。これはあらかじめヤコウが予測していたことであり、そしてこれからの計画に不可欠な要素であった。まず第一関門を突破、といったところだろう。


 前々から述べているように、ゼブは軍事力でのし上がった国家である。現在のゼブ領土は大半が略奪によるものだ。他の国家を潰し、自国の領土に吸収するということは、その国を収めていた王族や領主から権力を奪うことでもある。時には力だけでなく、命までも奪う。市民にゼブへの服従を誓わせるよう、権力者を処刑して見せしめとする。それはゼブに限らず、戦争や革命には付き物の儀式であった。かつては人の多い街中で行われていたが、国家反逆の罪人も含めるとあまりに数が多すぎた。


 そして、西の砂漠に大規模な処刑台が建設された。深い谷のガケ淵につくられた処刑台は、処刑された罪人をそのままガケへ突き落す方式をとることで死体処理の手間を省くのに大きく役立った。ゼブ国が執り行う処刑は、全てこの処刑台で行われることになっている。


「着いたぞ。出ろ」


 護送車が停まり、ドアが開かれた。真っ先に降りたヤコウの目に、乾ききった空気が飛びこんでくる。牢を出る直前に水の補給があったが、この光景は見ているだけで喉を枯渇させる。


 見渡すばかりの、焼けたような赤茶色の岩肌。風に吹かれて舞い上がる砂粒。そして、底が見えぬほどの深い谷。ウシャスの採掘場なぞ比べ物にならない高さだ。幅が狭く、谷というよりも、大地の傷痕、痛ましい亀裂だと表現した方がよいかもしれない。この谷から死体が落とされれば、地面に激突すると同時に死体は破砕し、血は大地へ吸われ、肉や骨はじきに風化されることだろう。

 その淵に巨大な台座が設けられており、隠すマスクを被った執行人や数人の軍人が待ち構えている。


「執行方法は簡単だ。台座に立っている棒に罪人を拘束し、執行人が剣で首を突く。そして死体は谷底へ落とす……ただのこれだけだ」


 本来処刑というものは、相手がどんな犯罪者であろうと、出来るだけ苦しませず速やかに行うのが礼儀だ。そのため執行人が一撃で首をはねやすいよう、頭を突き出させて座らせる、あるいは寝かせる方法が基本である。だが、ゼブは見せしめのために罪人を立たせたまま処刑するようだ。


(将軍は……一人もいないな。やはり我々への興味はないようだ。今頃はウシャスへの更なる侵略計画に精を出してるってところだろう)


 ヤコウは素早く状況を判断する。相手の数は全て合わせても二十名足らず。テンセイ達なら、手錠と封輪(リング)さえなければ十分に対抗出来る。


「受刑者、処刑台へ上がられよ!」


 執行人が声を張り上げた。すでに準備は整っているらしい。


「それじゃあ、コサメ。ちょっと行ってくる。ヤコウ隊長と一緒に待ってろよ」


 テンセイはコサメの頭をなで、微笑んでみせた。


「テンセイ、いってらっしゃい」


 コサメの顔にも、不安の色はなかった。テンセイなら絶対に大丈夫だと信じているのだ。必ず成功して生き残れると、心の底から信じ切っていた。


 テンセイとノームが台に上がり、鉄製の支柱に背を預ける。


「これより死刑を執行する! 罪人を拘束せよ!」


 厳格な声が乾いた風に乗って流れる。その風の中を、一台の車が処刑台へ向けて進んでいた。

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