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第43話・闇夜の取り引き

 頬の痛みをこらえつつ、バランは”自白”を続ける。


「シューレットさんね、本当は生きてたんだよ。今日の謁見の直前まで。意識不明で、いつ目が覚めるかわからない状態だったんだけどね。そしたら、師匠がオレに言ってきたんだ。『シューレットさんを殺せ』って」


「……何でだよ」


 ノームが不機嫌に眉をひそめながら返した。


「そりゃあもちろん、オジサンの罪を深くするためでしょ。殴られた、死んだ、っていう二つの事実があれば殺人罪をこじつけられるじゃん。オジサン達を処分する正当な理由になるからね」


「で、何でそれをわざわざ教えたんだ」


「別に。退屈だから暇潰ししたいだけだよ」


 今の話が本当だとしたら、バランは自らの仲間を殺害したことになる。それでいて態度は飄々としている。


「ってかさぁ。オレとしてはにーさん達に死んでもらいたくないんだよね。師匠以外で初めてオレの顔に傷をつけた強者だもん」


「君は……アクタイン将軍の弟子、バラン・ユーチスだな。若き天才剣士だと聞いている」


 ヤコウが尋ねた。


「そ。まだまだ修業中の身だけどね。だけど師匠はもっと強いよ。純粋な剣術だけならゼブ国内に敵なし、って言われてるぐらいだしね」


 それ以降、会話が途絶えた。ヤコウが目を凝らして腕時計を見ると、時刻は夜中の十一時になっていた。明日からの出来事に備えて睡眠をとっておきたいところだが、暗闇に慣れてしまったせいでかえって目が冴える。ノームも同様らしいが、テンセイはいつの間にか眠っている。寝たい時はいつでも寝れる男だ。テンセイとコサメの二人だけが、安らかな寝息を立てていた。


 十二時を過ぎる直前。


「ねぇ」


 再びバランが声をかけてきた。


「オレさ、正直言って、もうやめようかなって思ってんだ。……起きてる? にーさん」


「うるせぇ」


「あ、よかった起きてた。ちょっと聞いて。オレ、もうゼブの軍人やめたいんだよ」


「……」


「別に修行がイヤになったわけじゃないよ。師匠はものっすごく厳しい人だけど、いつも真剣に教えてくれるから嫌いじゃない。むしろ尊敬してる。でもゼブの政府やDr・サナギのことは大っ嫌いだ」


 口調が変わった。石畳に言葉を叩きつけるような、ヤケ混じりの口調だ。


「王や将軍達は豪快な人だけど、周りの政治屋はやる事がネチネチしてる。ウシャスに対する一連の策略だって、その政治屋達が考えた作戦なんだ。最初、王は反対してたんだけど、サナギの奴が口添えしたせいで承諾された」


 ヤコウは、腑に落ちた、というように頷いた。豪傑として知られるサダム王にしては今までのやり方が小汚いと感じていたからだ。


「ひっでぇ作戦だよね。最初の焼き討ちはまだいいよ、わかりやすくてさ。でも、逃げた女の子を捕まえるための作戦ってのが酷い。シューレットさんの蜂で護衛を眠らせ、そのまま拉致する。もしそれが阻止されたら、オレが邪魔者を排除する。そこまではオレも聞かせれてた。でも……っ」


 頬の傷が痛むのか、一時言葉が中断された。だがほどなくして続きの言葉が吐き出される。


「オレが負傷させられるってことまで計画済みだったってことは知らなかった。でなきゃぁ……あんな契約を結ばせたりしないはずだ。こんな屈辱があるか? はじめっからしくじることを前提にしてやがんだ。オレを傷つけさせることで交渉を有利にしやがった」


「成程な」


 ヤコウはさらに大きく頷いた。そして聞き返した。


「シューレット氏を殺さなければ、君自身がゼブに殺されていた……というわけか。コサメ君をさらうために我々ごと拉致し、用済みになったら処分する。そのためには”ゼブの人間がウシャスに殺された”という材料が有効だと判断し、君が『殺され役』に選ばれたのだな」


「……そうだよ、クソ! あの時シューレットさんが殴り飛ばされたおかげで、オレはその役から逃れられたんだ! オレはゼブ政府とサナギの野郎に捨て駒にされたんだ!」


 捨て駒。ノームにとっては耳が痛くなる単語だ。数日前、ノームもウシャスで同じ言葉を使った。


「……そーゆーのはムカつくよな。お偉方からすりゃあ駒の一つに過ぎねぇんだろうが、使われる側としてはたまったもんじゃねぇ」


「だろ? このフザけた策略は、元をたどればサナギの研究のためだ。具体的にどんな研究なのかは全然知らされてねぇが、どうせロクでもないもんに決まってる」


「ん? 植物の剣をつくったのもサナギだろ」


「あの剣は使いたくねぇんだ。師匠との約束もあるけど、それ以前にアレは……いや、何でもない。万が一のことを考えて、ウシャスには持って行ったけどよ。……あッ! もしかしたらあの樹刀が実戦で使えるかの実験も兼ねてやがったのかも!?」


「ありえそうだな」


「クソ!」


 石畳を殴りつける音が響く。自分の立場に嫌気がさしているのは確かなようである。しかもバランはまだ十六歳だ。


 これまで修行一筋に生きてきた若者は、一つの決断に至った。


「……ねぇ、にーさん。オレと取り引きしない? もし受けてくれたら、にーさん達が生き残れるように協力したげるよ」


「何?」


「どうせさァ、にーさん達も生き残るために作戦考えてるでしょ? それをオレが手伝う。そんでもし成功したら……にーさん達の仲間にしてよ。ウシャスの方がゼブより楽しそうだし」


 そう、ヤコウはノームとテンセイを生き残らせる策を考えていた。それはゼブ内部に協力者がいれば、より成功率が上がる策である。だが……。


「てめぇを信頼しろってか? 何を根拠に信じろってんだ」


 ノームは断った。ここでバランに自分たちの作戦を伝え、裏切られたらどうなる。完全に生存率はゼロだ。危険要素は可能な限り避けたい。


 しかし、バランは重い声で言った。


「『剣に誓って』……ってんじゃダメ? 今持ってないけど。剣だけで生きてきたオレにはそれしかないんだよね」


 ――以上が、バランの自白であった。

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