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第42話・新たなる投獄者

「あ……師匠。終わりましたか」


 バランは、開け放された扉へ向かって弱々しい声を投げかけた。ほんの少し口を開くだけで、頬の切り傷が焼けるように痛む。だが、声が弱い理由はそれだけではないようだ。


「バラン。改めてお前に言っておくことがある」


 扉を開けて部屋へ入ってきたのは、バランの師匠でありゼブ五将軍の一人・アクタインである。たった今謁見を終え、弟子の待つ個室へやって来たのだ。


「……お前、また私の言いつけを破ったな」


「……」


 バランの表情は重い。説教を喰らうことはわかっていたはずだし、何度も経験してきたことだが、この緊張感には慣れない。アクタインの声は決して荒々しいものでも怒りに満ちたものでもなかったが、バランの態度次第ではそうなりかねない。


「貴族の名門家庭に生まれたお前が、わざわざ自分の身分を捨ててまで、私のもとへ弟子入りしてきた。私が当時まだ将軍ではなく、上等兵の一人にすぎなかったにも関わらず、だ。それでも私に習いたいというお前の心意気をかって私は弟子入りを許可した」


 アクタインが将軍となったのは三年前。バランが弟子入りをしたのはそれよりもさらに三年前のことである。合計六年、バランは十歳の頃からアクタインのもとで剣術を磨いていたことになる。


「お前は筋がよかった。まだまだ粗いところはあるが……そこいらの成人した兵よりも遥かに強い。そしてより上を目指すのも当然のことだろう」


 バランは『紋付き』ではない。故に、より強くなるためには自らの剣術を高めるしかなかった。……あの剣を手に入れるまでは。


「Dr・サナギが開発して私に送ってきた樹刀。あれをお前に渡したのは確かに私だ。あの奇怪な剣は私と相性が良くないように感じられたからな。だが、お前に樹刀をゆずった際、ある約束をしたな」


「ええ……。許可なく樹刀の『紋』を使ってはならないと……」


「そうだ。『紋』の力を使えば確実に戦闘には有利になる。だが、それは刀の性能に頼るだけになりかねない。お前自身の剣術を磨くために、『紋』を使わずただの刀として使え、と何度も言ったはずだ」


「……」


 反論も言い訳もしない。それらが無駄な徒労にしかならないことも経験で知っているからだ。


「罰を与える。明日、いや、明後日の朝まで牢に入っていろ。看守にも話をつけてくる」


 このペナルティにも、大人しく従った。



 

 闇の中で、コサメはゆっくりと眠り落ちつつあった。毛布一枚すら与えられない石牢は、安眠するにはあまりに不向きな環境だが、テンセイにしがみつくことでようやく安心と眠気が訪れてきた。


 テンセイは上着を脱いでコサメに被せ、寝返りをうって石畳に落ちないようにしっかりとその体を抱きとめている。ノームは、ゼブによって改めて右腕に嵌められた封輪(リング)をいじりながら、ヤコウに向けて言葉を返した。


「……マジッスか?」


「どうしても君達が生き残りたいのであれば、そうするしかない。正攻法はもう通用しないとわかったからな」


 わずかな光に照らされる鉄格子にもたれ、ヤコウはある提案をテンセイとノームに出していたのだ。おそらく、ゼブがこの二人に下す判決は死刑、あるいは限りなくそれに近い処分となるだろう。目的であるコサメを手中に納めた以上、テンセイとノームはすでに用済みの存在である。


「そりゃあ死にたくねぇッスよ。こんなトコで罪人として処刑されるなんざ、絶対に嫌ッス。……けど、このやり方じゃあ、かえってウシャスに迷惑がかかるんじゃあねぇッスか?」


「それは君達次第だ。ゼブとウシャス政府の間で交わされた契約には、君達を捕まえて連行する、という行為までしか書かれていない。その後のことに関しては全く無効だ。第一、ゼブが君達のことを用済みと認識しているならば、あまり詳しくは調査しないはずだ。……敵も、これからが一番忙しいだろうからな」


「俺はやる」


 コサメを起こさないよう、声を抑えてテンセイが発言した。


 生き残りたいのはテンセイも同じである。死にたいわけがない。それならばヤコウの提案を飲むしかない。テンセイは単純な男。とっくに選択は決まっていた。


 ノームもそれ以上言葉を発さなかったが、結論は同じであろう。そのまま沈黙が流れ、封輪をいじる金属音だけが暗闇の中に響いた。


 その時、遠くで扉の開く音がした。また看守が見回りに来たのか――とノームは思ったが、どうやら様子が違うようだ。足音が二人分ある。足音は四人がいる牢のすぐ隣で止まった。


「それでは、また明日の朝に」


「はい」


 どちらの声にも聞き覚えがあった。前者は看守だ。後者は、ノームにとって憎き敵・バランのものであった。


 姿は見えないが、物音から察するに、どうやらバランが隣の牢へ入れられて看守が鍵をかけたようだ。看守の足音が遠ざかっていき、外へ出て扉を閉めた。


 先に口を開いたのはバランだ。


「や、バンダナのにーさん。元気ィ?」


「……なんでてめーが投獄させられてンだ? 小僧」


 質問に対して質問で答えるのは賢い行為ではないが、バランは気にしなかった。


「師匠を怒らせちゃったんで。悪い子は大人しくしてなさい、ってさ。暇だからちょっとおしゃべりしよーよ」


 バランの声は軽い。暗い牢の中でも、師匠に言葉で説教をされるよりかは快適な環境らしい。


「あー、そうそう。あの体のデッカいオジサン、いる?」


 テンセイのことを言っているらしい。


「もしかしてさ、シューレットさん……丸メガネの人を殺したとかで、罪が深くなるみたいなこと言われなかったー?」


 テンセイは言葉を返さないが、バランは勝手に続ける。


「実を言っちゃうとサ、あれ、嘘なんだよね」


「嘘……? どういうことかな」


 ヤコウが代わって答えた。と、バランがかすかな笑い声をあげた。


「ヘヘ。どーせ判決は変わんないだろうから言っちゃうけどね、シューレットさん、オレが殺したんだよ。上からの命令でね」

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