第41話・悪魔の合唱
ヤコウは、テンセイ達の罪を完全に無くすことまでは望んでいない。これまでの経緯からすると、簡単に状況を覆せるような相手ではないとわかっているからだ。ただ、何か一つ、ほんの少しだけでも反論を決めなければ、今後も全く太刀打ちできなくなる可能性が高くなる。『流れ』を変えたいのだ。
「この少女――名をコサメを申しますが、この少女が『紋付き』だというだけで加害者と断定するのはいかがなものかと。そもそも動機がございません」
「動機の有無は我々の知ったことではありませぬ」
将軍アクタインが答える。もっとも、これはアクタインの意見ではなくゼブ国の主張を代弁したものだ。さらに、アクタインはこうつけ加えた。
「確かに、その少女が我が弟子を傷つけたとは考えにくいが、『紋』の能力を使えば別。……そこで一つ提案がございます。今この場で、彼女の能力を見たい」
「能力を……?」
「『紋』の能力の中には戦闘に不向きなものもございますな。ですから、彼女の能力がもし攻撃、及びその補助に不向きなものであれば……」
「無実としようではないか。後にお主と共にウシャスへと帰してやろう」
サダムが言葉を引き継いだ。相変わらず余裕の笑みを浮かべたままで。
――クソッタレ。ノームとテンセイは心の中で悪態をついた。能力を見せることは出来ない。出来ないからこそ、珍しいケースとしてゼブに狙われているのではないか。
「コサメ殿!」
「は、はぃっ」
大声で名を呼ばれ、コサメはビクつきながらもか細い言葉を返す。右手でテンセイの上着の端をしっかりと握っている。六歳のコサメは交わされている会話の半分も理解できていないが、不穏な空気は感じ取っている。重圧に耐えようと必死な様子だ。
「恐れなくともよい。ぬしの能力を見せてみよ」
「え……う」
上着を掴む力が強くなった。能力を使えと言われたところで、コサメには何もわからない。自分の能力がどのようなものなのか、どうすれば発現できるのか、これまで何度も考えてきたが、全くわからないのだ。
「どうした? 早く見せよ!」
「うぅ……」
「無実を証明したくはないのか」
コサメはうつむいたまま、何も出来ずにいた。
そのまま重い時が流れる。重い、重い時間が。実際にはほんの一、二分だったが、ウシャスの四人には何時間にも感じられた。
「……ふむ、もうよい。この件は一旦置いといてやろう」
サダムがそう言ったが、テンセイには”この辺りで勘弁してやる”と言っているように聞こえた。敵はこの絶対的に有利な状況を楽しんでいるのだ。
「だが後の二人は完全に有罪であろう。特に、そのデカい男――」
サダムがテンセイを指さす。
「ぬしの罪は相当重いものとなるであろうな。連行の際にぬしが殴り飛ばしたという男……」
「シューレットにございます」
アクタインが補足した。シューレットという名はテンセイも知っている。催眠蜂を操っていた人物だ。が、あのとき殴り飛ばした丸メガネの男がそうだとは知らなかった。
「そう、そのシューレットだがのう、ウシャスから帰る途中も全く目を覚まさず、帰国後すぐに医療施設へ送ったが……つい先ほど、死亡が確認されたそうだ」
「死……!?」
思わず声をあげたのは、テンセイでなくノームだ。粗暴な性格のノームでさえ、人を殺めた経験はなく、海賊との戦いでも殺人は犯さなかった。テンセイも同じだった。が、当のテンセイ自身には動揺の色がない。
シューレットを殴った時。あの男がコサメの髪を引っ張って痛がらせた時、テンセイの拳は反射的に突き出されていた。手加減をする余裕など全くなく、怒りの感情のみで放たれた拳撃だ。鼻先どころか頬骨さえも砕いたような感触が、今でも拳に残っていた。
「まァ、こちらの態度が少々乱暴だったことは考慮してやってもいいが……。無事にウシャスへ帰れる保証は全くないな。どれ、そろそろお開きにしようか。これ以上話をつづけたところで何にもならんだろう。後の事は改めて協議をさせていただく」
「しかし、まだ……!」
ヤコウが声を飛ばす。が、またしてもゼブは”少々”乱暴な手段に出た。
「謁見はこれで終いだ! 彼らを牢へ戻せ!」
「はッ!」
数人の兵が動き、テンセイ達を取り囲む。――武装した兵士。王の脇を固める五人の将軍。ウシャス軍本部とは違い、わずかな抵抗すら許されない状況だ。
結局、バランやシューレットが先に攻撃して来たことは問われないままだ。
「(やはり……か。やはり壁は厚い。だが必ず一矢報いてやる。必ず……。これ以上ゼブの好き勝手にはさせない)……行こう。テンセイ君、ノーム君」
「おっと、ヤコウ殿。お主だけは客人用の別室を用意してもよいが?」
サダムの申し出を断り、四人は玉座から遠ざかっていく。王達が話し合いをしている間にも一切姿勢を崩さない兵士達に囲まれながら、謁見の間から出てそのまま牢へと連れ戻されて行った。
それと時を同じくして、宮殿の廊下を一人の人間が歩いていた。謁見の間へ向かっているようだ。と、目的地の方向から何者かが近づいてくる。薄暗い廊下で、二人の人物が向き合い立つ。
「なんだ、だ、もう終わっちまったのかい、かい」
「クケクケ。楽しかった、かったよ」
もしこの現場を目撃した者がいれば、今夜はさぞ酷い悪夢に悩まされることだろう。それほど気味の悪い光景だ。双子の姉弟科学者、Dr・サナギとサナミ。白衣以外はどこかしこも薄汚れ、歯の抜けた口からは悪魔が嘲笑うかのような声が流れ出る。吃音症とも少し異なる、独特の語り方が余計に不気味さを演出していた。
「どう、どうだったね?」
「ああ。見て来たよ、たよ。クッケケケ。なかなか可愛らしい、らしい子だった」
「クケケケ」
「ククケケ」
悪魔の合唱。さらに二人は唄う。
「ついに、ついに捕まえた」
「ゼブの王様が捕まえた、えた」
声が揃い、闇の中に響く。
『ヒサメの娘、捕まえた、えた、クケケケッケケケ』