第40話・王と五将軍
煌びやかな照明が灯る、ゼブ王国フォビア城・謁見の間。真っ赤な絨毯が玉座へ向かって一直線に敷かれ、それに並行してずらりと彫刻が並んでいる。いや、彫刻ではない。重厚な鎧と兜で身を固め、槍を構えた兵士が並んでいるのだ。かすかに呼吸していることに気づかなければ本当に彫刻のように見える程、無駄な動作が一切なく統率されている。
「……スッゲ。マジでこーゆーことやってんだな」
広間に足を踏み入れると同時に、ノームが声をこぼした。
「さすが軍事力でのし上がった国、ってところか」
「静かに。無駄口を叩くな」
ヤコウを先頭に、ノーム、コサメ、テンセイは絨毯の上を歩く。建前上はあくまでも『罪人』なのだが、ヤコウがいることで盛大な歓迎になったのだろう。
四人の進行方向、真正面に、数段高くつくられた玉座が待ち構えている。玉座に座っている人物は当然、ゼブ王・サダムである。ストレートに伸ばした黒髪の上に金細工の豪勢な王冠を載せているが、王自身の屈強な肉体のせいで貧弱な飾りに見える。
「東の国からよくぞ来られた。もっと近うよれ!」
体格に見合った強い口調が室内に響く。歩み寄る四人を見る目には、好奇心あふれる子どものような輝かしさすらあった。
「お初にお目にかかります。ウシャス軍幹部が一人、ヤコウにございます」
ヤコウが膝をつき、頭を下げる。テンセイ達もそれに倣った。
「うむ。話には聞いておる。平民から幹部へ実力でのしあがった豪傑だとな。ウシャスにもまだまだ骨のある人間がいるものだな」
「王、本題はそちらではござりませぬ」
玉座の向かって右に立っている三十歳前後の男が口を挟んだ。
その瞬間、ヤコウの口からテンセイ達へ小さな声が届けられた。
(あれがゼブ王族の世話人にあたる、グック宰相だ。そして……)
グックの横には、さらに二人の男が同じように立っていた。玉座の左側にも、やはり三人の人物がいる。服装がそれぞれ違っていることから、ただの一般兵でないことは明らかだ。
(グック宰相以外の五人が、”将軍”という地位につく精鋭の軍人だ。ウシャス国でいう幹部に似たような役職だが、王族にかなり近い権力を持っているらしい)
そしてもう一人、玉座からやや離れた所に立っている人物がいる。腰が曲がって異様に背が低く(まるで薄汚いダルマだ)、この場に似合わない白衣を着た人物――。
「これ、Dr・サナギ。そんな所に控えず、もっと前に出たらどうだ」
サダムがその人物に声をかけた。薄汚いダルマはゆっくりと顔を上げ、例の奇妙な笑い声をあげた。
「クケックケケケ。やだ、やだねぇ。王様。アンタ、まだ、まだ、アタシと弟の区別がつか、つかないのかい」
「おお、これはすまぬ。Dr・サナミ。ぬしら姉弟は鏡のように瓜二つだから見分けがつかぬわ」
これはヤコウにとって、当然テンセイやノームにとっても初耳となる情報だ。今ここにいるのはDr・サナギではない。その姉にあたるサナミという女性だ。しかし、顔中にしわが刻まれ、頭髪もすっかり禿切ってしまっている風貌は、なかなか”女性”だとは認識しづらい。
「そりゃ、そりゃあ、双子だからね。弟に急用が出来たんで、で、アタシが来たんだよ、だよ。でも、いい加減に覚えて、えて、欲しいね」
「覚えきれぬのは余だけではない。ここにおるほぼ全員だ。のう、アドニス」
サダムが将軍の一人に話題を振った。
「王、もしや私達全員を道連れになさるおつもりですか?」
白い着物に身を包んだ、おそらくは二十代の青年だ。赤い髪を馬の尾のような形に束ねて後ろにたらしており、男であるにもかかわらずサナミよりも女性らしい外見をしている。
「ご自分がわからなかったから、我々全員がわからなかったということにして誤魔化そうとでも?」
「道連れとは大袈裟な。だがまァそんなところだな! ハハッ!」
「フフ。さ、早く本題に入らねばまた宰相殿に叱られますよ」
壮重であるはずの間に、場違いともとれる笑い声が響く。どうやら、サダムは堅苦しい空気の苦手なタイプのようだ。その点でもテンセイに似ている。
「では改めて、ヤコウ殿。そちの用件を聞こうか」
奇妙な空気の中、ヤコウが薄く口を開いた。
「……ウシャス軍本部で起きた事件について、改めて意見を言わせていただきたいと」
「うむ? 件のいきさつはすでに聞いておるが……。確かアクタインだったな、護衛としてウシャスに同行したのは」
再びサダムが視線を横にやる。
「左様にございます。彼らを捕える際に力を貸しました」
(そうだ……。オレに殴り飛ばされた丸メガネと、その後に飛びついて来たヤツ。それにこの男もいた)
アクタイン。その名はテンセイとノームに聞き覚えがあった。ゼブ外交長官ストラムとともにウシャスに訪れた人物だ。会話をしたことはないが、顔は覚えていた。同じ将軍のアドニスとは違い、こちらは前時代的な武人といった感じだろう。ウシャスでも余計な言葉を一切発さなかったが、この場でもほとんど表情を変えていない。
「私がストラムと中庭へ出た時、そちらの三名が、私の弟子バランと交戦しておりました。この時点ですでにバランは負傷していました」
(あのガキがこいつの弟子ィ? そういや師匠がどうだこうだっつってたな……)
ノームはひそかに舌打ちした。頬にナイフを刺して一矢報いたものの、バランから受けた屈辱は晴らせないままである。
「状況から察するに、バランへ危害を加えたのはその三名。故にウシャス政府との契約に基づいて彼らを連行いたしました」
「なぜ交戦になったのか、理由は? 彼らは先にバラン氏から攻撃を加えられたと主張しておりますが。それに、それ以前に数十名の軍人が何者かによって眠らされておりました」
ヤコウは反論する。とにかく、ゼブのやり口は強引すぎる。この場で少しでも反撃出来なければ、今後もどんな不条理を押し付けられるかわからない。
それが、ヤコウの狙いの一つであった。