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第4話・港町バクス

 セミの声が木々のすきまを飛び交う。それ以外には何も聞こえない、静かな森であった。


 あの二人が食事を終えるまでは。


「ん……グ。あぁ〜、ウマかった! 満足だ」


「ごちそーさま……」


 言うまでもなく、テンセイとコサメである。村が焼き討ちに逢ってから二日。追手の気配もなく、二人は無事に脱出できたのだ。


「今の季節が夏でよかったぜ。冬だったら山菜も獣もいねぇからな」


「……」


 テンセイは出来るだけ明るく振る舞うが、コサメの表情は暗い。一夜にしてすべてを失った悲しみは、少しずつ現実味を帯びながら少女の心を圧迫しているのだ。

 それがわかっているからこそ、テンセイはわざと笑ってみせる。二人とも悲しんだところで何も解決しないからだ。


「行くぞ、コサメ。もうそろそろ町に着くはずだ」


「……うん」


 ふさぎ込むコサメを肩に乗せ、テンセイは歩きだした。突然焼け出されてしまったため、荷物はない。互いの命とサイフの中身だけが全財産だった。




 半時間も山を下った頃、ようやく目的地が見えてきた。ラシアの言葉に従って王都へ行くための中継点――港町バクスである。今テンセイ達のいる場所は、東西の大陸の中間に位置する列島の一つであり、東大陸の主要国家・ウシャスに属している。島の大部分は森と山に囲まれており、集落は港町バクスを含む3つの町村があるばかりだ。周囲は切り立った崖になっている部分が多く、船の出入りはこの町でしか出来ないのだ。


 故に、先日の襲撃者達の侵入経路は不明である。西大陸の軍服を着た人間がこの港町に入ることは許されていない。


「見ろよコサメ! 海だぜ、海!」


「うみ……?」


 町を見下ろせる場所でテンセイが遠くを指さす。生まれて初めて見る海の景色に、コサメの表情も少しだけ柔らかくなった。


「オレも5,6回ぐらいしか来たことねぇんだけどよ、海ってのはメチャクチャ広くて気持ちいいぞォ!」


「水がいっぱいある……。ひろいね」


 町の中に入ると、徐々にコサメの興奮が高まってきた。


「人がいっぱいいる!」


「こっちは直接大陸と貿易できるからなぁ。オレ達の村より建物がキレイだ」


 町中を歩いていると、ひとつの話題がテンセイの耳に飛び込んできた。村の焼き討ちのことだ。


「この間、夜中に山火事があったでしょ? あれ、山奥の村から出火したらしいわ。調べに行った人が焼け落ちた集落を見つけたそうよ」


「怖いわねぇ……こっちまで火の手がこなくてよかったわ」


(山火事……? 他国の軍隊のことは知られてねぇのか?)


 テンセイはふと疑問に思ったが、コサメの弾んだ声がそれを遮った。


「テンセイ! あれ、何!?」


 コサメが指さしているのは、港に停留している大型の連絡船であった。当然、コサメにとっては初めて見るものである。


「あれが船だ。オレ達はあれに乗ってこの海を渡るんだぜ」


「水の上をはしるの!? あのおっきいのが!?」


「ああ。……どれ、船の管理をしてる事務所はあっちだったかな」


 貨物船でもなんでもいい。とにかく王都まで連れていってくれれば……。テンセイは事務員にそう申し込んだ。


「ま、別にいいですけど。ですがタダ乗りというわけにはいきませんよ。二人分で3万です」


 やせ顔にメガネをかけた事務員はこともなげにそう言った。それを聞いたテンセイはサイフを取り出し……中身を確認して青ざめた。


「……1人は子ども料金で無料! ってのはダメか?」


「本来なら保護者同伴で10歳以下の子どもは無料なんですがね」


「じゃあ!」


「その代わりあなたの体が大きくて余計な負荷がかかりますので。実質2人分です」


「はァ!?」


 思わず声を荒げてしまったが、事務員は平静な態度を崩さない。


「貨物船は重量制限が厳しいんですよ。客船なら多少の体重差は問題ないですが、そちらはもっと料金が高いですよ。それと当然ですが、政府関係の船には乗れません」


「マジかよ〜。ってか、前に来た時はそんなに高くなかったぞ」


 テンセイがそう言うと、事務員の表情に少しだけ陰が見えた。申し訳なさそうな顔だ。


「……最近、この辺りの海に賊が出没するようになったんです。それで警備を強化するために費用がかさみ、船賃を上げなければ苦しくて……。政府の補助もあるにはあるんですが、個人企業への補助なんて雀の涙ですからね」


 テンセイの所持金は現在2万弱。村では物々交換が主流だったため、現金を持ち歩く必要がなかったのだ。


「参ったな、金がない」


「でしたら、造船所や港で働いてみたらどうです? 力仕事が出来るなら日雇いをしてくれる所はたくさんありますよ」


「お、そうしよう! ありがとな!」


 力仕事なら大得意だ。海に関する仕事の経験はないが、荷物や鉄材を運搬するにはこの上ない人材である。


「アンタ、腕っぷしは強そうだしな。働きの内容次第じゃあ、今日中に目標達成できるぜ」


 港の荷物積みの監督をしている気風のいい男は、快く受け入れてくれた。


「すまねぇな、大将」


 ひとまず安心し、テンセイはコサメを肩からおろした。


「コサメ。オレはここで仕事するから、お前はその辺で待っててくれ」


「うん! うみ見ながらまってる!」


 初めて見る海と港町。コサメの好奇心を刺激して退屈を忘れさせるには十分だった。


「あんまり遠くに行くなよ」


「は〜い。おしごとがんばってね」


 コサメは仕事の邪魔にならないよう、堤防のふちに腰かけて海をながめる。

 ゆるやかな潮風を受け、働く人々の声と潮騒を聞き、海の遥か向こうになにがあるのかを空想する。それは、実に楽しい時間だった。この時ばかりは悲しみを記憶の片隅に追いやり、海の彼方に思いを馳せていた。


 そして、テンセイもコサメも気づかなかった。期待に胸膨らませる少女を見つめる、ひとつの影があったことに。

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