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第39話・西の王都フォビア

 ゼブが支配する西大陸は、中心部のほとんどが砂漠に分類されている。砂漠と言っても完全に砂に覆われている地形は少なく、大部分は乾ききった岩石地帯である。岩と砂の大地が広がる不毛の荒野のほぼ中心を、幅数百メートルはあろうかと思われる大河が流れている。その川は大陸の西から東へと流れており、川の下流、大陸の東端に巨大な都市がそびえている。これがゼブの王都・フォビアである。


 フォビアの文明水準は東大国の王都ウシャスと同程度だろう。しかし、王族の住まう城を中心に造られたこの街は、ゼブ国家の主義を象徴してか軍事に関わる施設が多く見受けられる。街のそこかしこに武器を持った兵が徘徊しており、まるで街全体が巨大な要塞のようだ。


「開門、開門!」


 城門前に一台の護送車が停まり、運転手が門兵に声をかける。門が開かれると、その奥には王の住まいにしては質素な前庭が広がっている。しかし、庭のさらに奥には、四階建の館にいくつもの塔が隣接したような形状の建物がそびえていた。護送車は、城を取り囲む塔の一つへ向かっって行った。


 ちょうどその頃、城の最上階に複数の声が響き渡っていた。


「王! どちらへおられますか!」


「謁見の間へお越しください! もう皆一階へ降りておりますぞ!」


 バタバタと慌ただしい足音が廊下中を駆け巡る。足音の一つが城の屋上へと向かい、野外へ出る扉を開けたところで停止した。目的の人物がそこにいたからだ。


「何だ、騒々しい」


 そこにいたのは、黙々と剣の素振りを行う一人の男であった。剣と言っても、バランやレンが使っているものと比べると遥かに大きい。かつて、騎馬兵による突撃が主力だった時代に、馬ごと敵を叩き斬る大型の剣が登場した。だがこの男の振るう剣はそれよりも巨大だ。大人が五人がかりでようやく持ち上げられるかどうか……といったところだろう。馬どころか鯨でさえ相手に出来そうだ。


「王。修練に励むのは結構ですが、時間はお守りくださいませ」


「うん? おお、済まぬな。すっかり忘れておったわ」


 この大剣を振るう男こそが、ゼブを支配する王――サダム・ザック・ジグリットである。齢は35だが、裸の上半身は若々しい筋肉に包まれている。筋力だけならテンセイと同等、あるいはそれよりも上かもしれない。野生さでは劣るが、その代わりに精錬された気品を漂わせている。


「ウシャスの罪人が到着いたしました。早急に将軍方との会議に参加なさってください」


 王を呼びにきた衛兵は、タオルで己が主の汗を拭きながら急かした。


「罪人、と呼ぶのは少々無礼な言い草だな。卑しくも謁見の場へ出られる身分だろう」


「はッ! 申し訳ございません!」


「よい。……ああ、そう言えば、Dr・サナギも参られるのであったな」


「ええ……」


 サダムは、衛兵の声から微妙なニュアンスを感じ取った。しかし、これは今に始まったことではない。Dr・サナギのことをよく思っていない人間が宮殿内にも多いことはとっくに承知の事実だ。この衛兵もその一人であるだけにすぎない。


「では、行こうか。あまり待たせると将軍どもがうるさいからな」


「はッ!」


 身につけた服の上に真紅のマントを羽織り、サダムと衛兵は一階へと急いだ。




「……イ、テンセイ」


 小さな声が、複雑な反響を伴って鼓膜を震わせる。背中に硬く冷たい感触がある。


「オッサン、起きろ」


「テンセイ!」


 ようやく、テンセイは目を覚ました。ウシャス軍本部でレンに気絶させられて以来、ずっと眠っていたらしい。すぐ目の前にコサメの顔があった。その向こうにノーム。そして、ヤコウの姿があった。


「ここは……?」


「ゼブの牢獄だ。オッサンが眠ってる間に、高速艇でウシャスからゼブまで連れてこられたんだ」


 まさに”牢獄”である。牢は一つ一つが石の壁で囲まれており、入り口には頑丈な鉄格子がはめられている。灯りは廊下のところどころにランプが置かれているだけであり、どこかで水が漏れているのか、ときおり水滴の落ちる音が響き渡る。暗さと相まって陰鬱な空間だ。唯一の救いは、ウシャスから連れてこられた四人全員が同じ牢に入れられたことだろう。割合に広くつくられていることから、戦争の際に捕虜を『収納』しておくための牢なのかもしれない。


「……テンセイ君が目覚めたところで、改めて紹介させてもらおう」


 鉄格子にもたれて立っていたヤコウが一同を見渡す。


「私はヤコウ。今はウシャス軍の幹部だが、平民の出身なので姓はない。ゼブが君達にどのような処分を下すのか、その一部始終を見届けるために同行した」


「処分を見届けるゥ!? そんだけッスか」


 ノームが怪訝な悲鳴をあげる。


「……というのが一応の建前だ。無論、このまま君達を処分させるつもりはない。出来るだけ交渉して罪を軽くするつもりだ」


「罪ってとこは覆らねぇんスか」


「これまでの強引なやり口からすると、完全な無罪は難しいだろうな。だが、一応は幹部である私がついていれば、向こうもあまり手荒なことはできないだろう。私の帰国は約束されているからな」


 確実に生還可能な立場、というわけだ。あくまでも表面上だが。


「幹部っつーことはラクラ隊長と同格ッスか?」


 いきなりノームが話を変えた。


「ああ。トゥエムとは同期で入隊した。幹部へ昇進するのは向こうが早かったがな」


(トゥエム、ね。呼び捨てで言い合う仲ってわけか)


 それから十分ほど経った頃、遠くから重い扉の開く音が聞こえてきた。ずかずかと荒い足音を立てつつ、看守が四人の牢の前に立った。


「間もなく謁見の場が開かれる! 次に呼びに来るまで大人しく待機していろ!」


 そしてまた戻っていく。義務的というよりも機械的な態度だ。


「我々はゼブにとって罪人だが、特別に王との謁見を許可させていただいた。君達も一緒にな」


「敵の王と!?」


 テンセイは一言も発さずに会話を聞いていた。とにかく、コサメを守ることだけを考えていた。

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