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第38話・強奪

「……申し訳ございません。隊長。少々逸りすぎました」


 レンがラクラに向かって頭を下げる。ウシャス軍本部の中庭には、この二人しか残っていなかった。


「いいえ、あの状況を考えれば妥当な判断です。よくやってくれました」


「しかし……」


 完全敗北――。今回の場合、ウシャスはゼブに完敗したと言ってもいいだろう。しかも、この事件が、今後実質的にどの程度の被害をもたらすことになるのか、予測がつかないというところが恐ろしい。


「レン。我々がすべきことは、悲しむことでも悔やむことでもありません。ヤコウの言葉通りに行動を起こすことです」


 とりわけ、ラクラへのダメージは大きい。公的な責任と私的な苦痛の両方を負わされているからだ。




 テンセイは大人しくゼブに捕らえられた。レンによって気絶させられたノームも、護衛官に手錠をつけられて車へ運ばれることになった。問題はこの時に起こったのだ。ゼブは、さらにもう一人手をかけた。


「おい! 何すんだ!」


 テンセイが叫んだ。ゼブの護衛官の一人、丸メガネをかけた男が、テンセイから離されたコサメにまで手錠を嵌めたのだ。


「コサメは加害者じゃねぇぞ! 放せ!」


 しかし、丸メガネはコサメを放さない。コサメはわけがわからず、困惑した表情でテンセイを見つめている。


「放せっつってるだろ!」


「この子は我が軍が保護している民間人です。今回の事件とは関係ありませんし、あなた方へ危害を与えることは不可能です」


 レンも援護する。ゼブの狙いがコサメだということは知っていたが、加害者だとして連行するにはさすがに無理がある。いくら何でも強引だ。


 しかし、丸メガネは動じない。逆に余裕の笑みを浮かべている。


「不可能? ほぉ、ではこれは何ですかな」


「い、いたいッ!」


 コサメが悲鳴をあげた。丸メガネがコサメの後ろ髪を思いっきり引っ張ったのだ。髪に隠れていたうなじが露わになり、紅い『紋』が剥き出される。


「ご覧のとおり、この少女は『紋付き』です。幼いとはいえ、『紋』の力を使えば……」


 その瞬間、丸メガネの顔面に拳が叩きつけられた。メガネのレンズがひしゃげ、話し途中故に開けていた口からは折れた歯がこぼれ落ちる。骨が砕けた鼻から血をブチ捲けながら、男の体は五メートル近く飛ばされた。


 テンセイは拳を固めたまま、男を睨みつける。その凄まじい形相は周りの人間を凍りつかせるのに十分なものであった。


「何をしている! 早く捕まえろ!」


 ストラムの声で、呪縛が解けたかのように一人の護衛がテンセイに飛びついた。しかし、テンセイはしがみつく護衛をものともせず、ゆっくりと歩いてコサメを抱きかかえた。


「オレが捕まるのは構わねぇ。だが、コサメにだけは手を出すな」


「だ、黙れ! その子どもも容疑者だ! 我々には権利がある!」


 我慢が切れかけていた。テンセイはコサメを守らなければならない。何があっても、絶対に苦しめてはならないと誓いを立てているのだ。――コサメの両親から、そう託されたのだ。自分が捕まることまでは我慢が出来る。ただし、ラクラが代わりにコサメを守ってくれる、という前提つきであることが条件である。コサメをゼブへ連れて行くことは絶対に出来ない。敵の用意した檻に閉じ込めることなど、決して――。熱い感情が理性を上回る。


「ラクラ殿! ヤコウ殿! 彼の行為は、我々ゼブに対する敵対行為とみなしてよろしいのですかな!?」


 このストラムの言葉で、二人に幹部は瞬時に意思をかわした。


 ゼブとの大戦が起こったら、この国はどうなる。無論、そう簡単にはやられない。大戦に備えるために軍というものがあり、日々訓練を重ねているのだから。しかし、今回の一事を見てもわかる通り、ゼブの計画は周到だ。他にどんな罠が隠されているかわからない。中核である本部ですらほとんど陥落されてしまっている。


 結論は早かった。”この場で開戦に踏み切ってはならない”。ラクラからレンへ合図が飛んだ。


「すまない、テンセイ君!」


 レンは素早くテンセイの背後に立ち、、鞘におさめたままの軍刀を振り下ろす。鋭い衝撃がテンセイの後頭部へ響き、脳を揺さぶった。

 だが、テンセイは倒れない。コサメを胸に抱いたままレンから離れようとする。


 再度、レンの軍刀が叩きつけられた。今度は真正面から、太く隆起したのどぼとけに打撃を加える。呼吸器官への衝撃は大きい。


「ぐッ……」


 レンは、仲間であるテンセイに対してさらに容赦のない連撃を喰らわせる。その表情は苦痛に歪んでいる。罪悪と使命感の圧迫がかかっていた。


「テンセイ!」


 コサメの目に、涙があふれた。テンセイの巨体が傾いたからだ。実の父よりも信頼し、実の母よりも愛していた、誰よりも大きなテンセイが……。


「おねえちゃん、たすけて! テンセイをたすけて!」


 ラクラは動かない。


「おねえちゃん! おねえちゃぁぁぁん!」


 泣きじゃくるコサメ、気絶させられたテンセイとノーム。三人は次々と車へ運ばれていく。三階から降りてきたバランも、血を流しながら車へ乗り込んだ。


 ヤコウが口を開いたのはこの時だ。


「私も行く」


「む?」


 ストラムに向けて、ヤコウは言葉を続けた。


「私も彼らと一緒に行こう。ゼブ国でどのような”処分”が行われるのか、見届けて報告する役割が必要だ」


「まさか……幹部であるあなた自身が?」


「ええ」


 しばし、ストラムは考えた。が、この申し出は決して都合の悪いものではないと判断し、「構いません」という言葉を残して車へ歩き出した。


「ヤコウ、ゼブへ行くのなら、私が……!」


 ラクラがそう申し出た。コサメを守りたいのはラクラも同じである。しかし、ヤコウは聞き入れなかった。


「君は政府を警戒しろ。敵はゼブだけではなさそうだ」


「政府……。やはり……」


「政府に関することなら、私よりも君の方が都合がいい。任せたぞ」


 そしてヤコウは背を向け、ストラムの後へ続いた。

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