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第36話・ゼブのシナリオ

「ん……ん?」


 テンセイの腕に抱かれたコサメが、小さな声をあげた。眠りから覚め始めたのだ。


「コサメ、無事か?」


「テンセイ……。おしごと、おわったの……?」


 女王蜂を握り潰すと同時に、蜂の群れは一斉に消失した。司令塔が消えると全滅する仕組みだったようだ。一応しばらくは安全だろう。

 テンセイはノームから聞いたことがある。もしもムジナが大きなダメージを受けた場合、ノームは『紋』を傷つけられたのと同じ状態に陥ってしまう。ただし今回の場合、あくまでも倒したのは女王蜂と他数匹のみだ。それ以外は勝手に消えただけだから、もしかしたらシューレットなる人物はまだ行動可能かもしれない。


「そうだ、ノームッ!」


「テンセイ? どうしたの? お部屋メチャクチャだよ」


 コサメへの説明は後回しにし、テンセイは廊下へ出た。三階ではまだノームとバランが戦っているはずだ。


 と、その時だ。ノームの叫び声と奇怪な破壊音が中庭に響き渡ったのは。


「何だ!?」


 きびすを返し、割れた窓から外へ飛び出す。そして三階を見上げた時、さすがのテンセイも我が目を疑った。


 三階の窓から、横倒しになった樹木が突き出している。幹の太さは二メートルほどだろうか。窓だけでなく周囲の壁までも突き破っている。その木の樹冠、緑の広葉が生い茂っているあたりにノームがいた。全身に枝やツタが巻きついている。


「片腕を縛られた状況で、もう片腕の封輪(リング)で剣を防いだのはよかったね。でももうそれもやらせない。これで完全に固定した」


 木の根元から声が聞こえる。テンセイからは見えないが、おそらく窓のすぐ近くにバランが立っているのだろう。


「このまま締め殺してやることも出来るけど、それはしない。あくまでも剣で仕留める」


 一本の枝が、空中へ向かって伸び出した。と、枝の先端が徐々に変形していく。植物から鉱物へ――。鋼の刃へと変わった。


「ノーム!」


 テンセイは叫び、石を拾って刃へ投げつける。が、枝は予想以上に速いスピードでぐにゃりと湾曲し、石を回避した。階段を上って三階まで行く時間はない。投擲が効かないとなった以上、テンセイはもう何もできない。


「テンセイ、ノームが、ノームがあぶないよ!」


 コサメも必死に叫ぶ。


「バンダナのにいさん、アンタ、一対一ならオレに勝てたかもね。でもオレは負けるわけにはいかないんだ。どんな手を使っても!」


 刃が弓のようにしなり、一瞬空中で停止した。そして反動を利用した弾力で巨大な刃を振り下ろす。


「ノーム!」


 刹那、光が走る。


 テンセイの頭上を光が通り抜け、一直線に刃の枝へ向かって行く。文字通り光速の弾丸は枝の中心へ直撃し、焼き焦げた弾痕を残して宙へと消えた。撃ち抜かれて削れた枝は自重を支えきれなくなり、刃を真下へ向けて落下した。


「ご無事ですか!? テンセイさん、ノームさん!」


「ラクラ隊長……」


 ノームの窮地を救ったのは、ラクラの光弾であった。ラクラの足元には錠の外れた封輪(リング)が落ちている。ラクラはひとりではなかった。その背後には、ゼブの一行がついて来ている。


「これはこれは、一体どういうことですかな」


 ゼブ外交長官ストラムが大仰な声を張りあげる。その声に反応するかのように、ノームを捕えていた植物が委縮し始めた。枝やツルが幹に潜り、幹は窓の中へと吸い込まれていく。


「う、うおぁ!」


「危ねぇッ!」


 ノームの体を固定する枝もなくなり、ノームは宙へ投げだされた。慌てて駆け寄ったテンセイが受け止めたが、あと数秒遅ければ地面に頭から激突しているところだった。


「あの植物は何者ですか。ストラム殿」


 ラクラがストラムへ向き直り、厳しい表情で問い詰める。しかし、ベテランの男は少しも動じない。


「はてさて、私に聞かれてもわかりませぬなぁ。見たところ普通の植物ではないようですが、ご覧のとおり我々はリングを嵌められております。あんな奇怪な植物を発生させられるわけがありませんぞ」


「トボけんなァッ!」


 口をはさんだのはノームだ。


「『紋』が使えねぇだと!? お前らはリングを無効化できんだろうが!」


「三階の廊下にいた軍人たちが全員眠らされてる。『紋』がなければ不可能なことだ」


 テンセイも口添えする。


「ほう? しかし我々が『紋』を使えたという証拠でも? 推測にすぎないでしょう。おや、アレは……」


 ストラムが三階の窓を指さす。崩壊した壁からバランが姿を現していた。


「ストラム、さん……」


 バランの頬には大穴が開き、鮮血が流れている。肩を激しく上下させており、遠目からでも体力を消耗していることがわかる。


「ラクラ殿。こちらこそお尋ねしたい。なぜ彼があんな傷を負わされているのか。一体、ウシャス軍は彼に何をしたのですか」


「アイツがオレに斬りかかってきやがったんだ! あの変な刀で襲いかかってきた! それに蜂の大群もだ! アンタらの中に蜂を操ってるやつがいる!」


「これはこれは……とんだ言いがかりですな」


「言いがかりだァ?」


「落ち着けノーム!」


 レンが叫ぶ。会議が始まる前に感情的になるなと言ったばかりだ。この状況ではノームがしゃべるほどゼブの思うつぼだ。


「この事はしっかりと政府に報告させていただきます。我々がウシャスに参ったことで新たな被害者が出たことは確かな事実ですからな」


「しかし、あの植物は……」


「くどいですぞ。我々には全く存じないことです」


 あまりにも白々しく、明らかな嘘だ。だがあまりにも態度が堂々としている。


「ウシャスの政府から聞いておられませんかな? この様な事態が起こった場合のために、ここへ来る前にある契約を交わしたはずですが」


「契約?」


 ラクラには初耳である。政府からはゼブとの契約があったことなど全く聞かされていなかった。無論、ラクラの部下であるレンやテンセイ、ノームも同じである。


「契約……とは?」


 ゼブの罠。それはラクラの予想よりも遥かに周到、かつ広大なものであった。

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