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第33話・ノームV.Sバラン

「”ここはオレが引き受ける。構わず先に行け”ってか。男なら一度は言ってみたいセリフだよね」


「うっせぇよ、ガキ」


 ノームはナイフを抜き、構える。そして心の中で舌打ちした。自分の腕には依然として封輪(リング)が嵌められたままだ。鍵はラクラが管理している。ムジナを封印したままで戦わなくてはならない。手持ちの武器は二本のナイフだけだ。


「そんなちっこいナイフでどーすんの? 精々がんばってよ」


 バランが剣の布を解き始める。わざと隙をつくるようなゆっくりとした動作だ。だが、ノームは動かない。こちらの出を誘っていると感じたからだ。


「その剣に、何か秘密があんのか?」


「秘密っちゃあヒミツだね。でも気にしなくていいよ」


 布が完全に取り払われた。現れたのは、刃渡り70センチ前後の刀だ。柄の部分に赤と金の糸で装飾が施されており高価な印象を受けるが、それ以外は特に変わったところは見られない。


「どこが秘密だ」


「簡単にバラせないから”秘密”ってんだよ。そのぐらいわかんない?」


 特別に大きなサイズではないが、打刀というものは本来両手で扱うものである。バランはそれを片手で軽々と振るっている。


「昔の人はさ、片手では剣を振るえても肉しか斬れない。骨を断つことは出来ぬ。なーんて言ってたんだよね。バカらしい。攻撃する場所次第じゃあ、肉を斬れるぐらいの殺傷能力で十分だってのにさ」


 バランの足が床を蹴った。割合に広くつくられた廊下を走り、上段からの剣閃がノームの頭部を襲う。先ほどまでのゆったりとした動作から想像もつかぬほどの早業だ。叩きつけられた刀はノームの目の前、わずか4センチのところでナイフによって食い止められていた。


 軽い口調とは裏腹に、刀は重い。ノームは両手にナイフを持つことでかろうじて剣撃を防ぐことができた。


「へへ。あんなこと言われたら、そりゃあ頭を守るよね。防御できて当然かな」


(クソタヌキが……何が片手で十分、だよ)


 バランはいつの間にか、両手で刀を握っていた。


「アッはは。いくら片手で使えるからって、両手の方が強いに決まってんじゃん。アレがやりたかったんだよ。刀を使う者として最高の勝利――”一刀両断”ってやつを。それも相手の武器ごと叩き伏せての一撃必殺をね。だからわざと頭を守らせたんだよ」


 刀を引き、今度は右から左へと振るう。白刃が頭部を襲う紙一重のところで、ノームは身を屈めてかわした。ナイフで受けようとはしなかった。反撃に使うためだ。


 採掘場の任務へ出る前、レンから習ったことだ。

 ナイフの刃は短い。それは攻撃を当てにくいというだけでなく、相当深く刺し込まなければダメージとならない、ということだ。一対一の斬り合いでこのハンデは大きい。……と、考えられるが、実はそうでもない。普通の剣でも、より確実に相手を斬ろうと思ったら、力の入れやすい根本の部分で斬らなければならない。どんなに刃渡りが長くても、有効となる間合いにはそれほど違いがないのだ。よほどの達人でなければ刃の先っぽだけで腕や足を斬ることは出来ない。刃物で戦うときの極意は『前に出ろ』ただそれだけだ。チャンスがあれば、多少の傷は覚悟の上で敵に突っ込め。その覚悟が出来なければ二度とナイフを握るな。


 だからノームは前に出た。バランの刀が戻されるよりも早く、その細身へ刃を突き立てた。


「ワオ。いいね」


 しかし、ナイフは止められている。バランの刀はまだ引き戻されていなかったが、柄の部分を盾にしてナイフを防いだのだ。握っている手の指をわずかに開き、その隙間にナイフを通されている。完全に自分の攻撃を見切っていなければ出来ない芸当だ。


「いーね、いいね。おにーさん。オレ楽しくなってきたよ」


 生意気な笑い声と同時に蹴りが飛んで来る。速い。前傾姿勢で無防備となった腹へつま先が突き刺さった。


「ガッ……」


「ちょい加速するよ」


 蹴りはダメージを与えるためのものではない。動きを止めるためだ。よろけた隙に刀が振り下ろされる。見切る余裕はない。ナイフで受ける。が、受けたと思った瞬間には刀が離れ、角度を変えて再び迫ってきている。


 防ぐだけで手一杯だ。広いとは言え、大人が五人も並べんで歩けば一杯になる廊下だ。それにも関わらずあらゆる角度から刀が襲ってくる。


「おお、頑張るねぇ。でもいつまで持つかな?」


 ――遊ばれてる。自分よりも年下のガキに弄ばれてやがる。港町バクスでは悪童として通ってきたノームにとって、これ以上の屈辱はなかった。


「この……クサレガキが……!」


 今まで散々人に言われてきた悪態をつきながら、必死に耐える。正面からの突きや横からの攻撃はまだいいが、上から振り下ろされると刀の重みで威力が増大されてしまう。次第に腕がしびれ、筋肉が悲鳴をあげ始める。


 勝ち目が全く見えない。


「ごっ苦労さん。もうそろそろキメてやるよ」


 ご苦労さん。この言葉が、ノームの脳のある部分を刺激した。


 オレは……何をやった? あれだけ大口叩いてバクスを出て行ったってのに、軍に入ってからロクな働きをしてねぇ。採掘場では『フラッド』の奴らにあっさり気絶させられ、オッサンが助けてくれなかったら捕まって拷問されてた。オッサンはオレとレン先輩をかついであの修羅場を逃げだせたってのに。オレは一体何をした。何が御苦労様、だ。


「まだ何も出来てねぇ!」


 剣撃を受け止めたナイフが、ノームの手から離れた。狙って投げたのか、それともたまたますっぽ抜けたのか。自分自身にもわからない。ただ、記憶の中からよみがえったレンの言葉が、強く脳に響く感覚だけがあった。


『真剣勝負において最も重要なことは……いいか。心を折らないことだ。時代遅れた精神論だと思うなよ。自分の心が勝利へ向かっていなくては、どんな技をもってしても勝利へは辿りつけない。例え相手が格下だとしても、だ。折れた心はどこにも行けない。敵が強ければなおさらだ』


 ナイフは回転しながら空を滑る。バランの顔から、笑みが消えた。

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