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第3話・走りぬけ!

 赤い。

 歴史を焼き殺す炎。路上や壁に飛び散った村人の血。そして、この虐殺の張本人たちの、緊張と興奮で上気した顔。

 ドス黒い赤が、純朴な農村を塗りつぶしていた。


「そこら辺の、まだ完全に焼け崩れてない建物を探せ。しらみ潰しにだ」


「了解!」


 軍服の男たちが二手に分かれ、そのうち一人がテンセイとコサメの潜む家に向かってきた。顔つきが若い。おそらく部下の方だろう。片手に銃を構えたまま近づいてくる。


「テンセイ……」


「しっかりつかまってろよ、コサメ。なんとかして切り抜ける」


 男がゆっくりと近づいてくる。だが、それは用心した足取りではなかった。任務に乗り気でない歩き方だ。


(……チャンス、か)


 帯でコサメを背中に固定し、テンセイは息を潜めてドアの前に移動した。

 

 ドアノブが外から回される。そして、ガチャリと音を立て、ドアがほんの少し開かれる。


 その瞬間、怒号が響いた。


「オォオオっ!」


「なッ……ガッ!」


 テンセイは己の巨体をドアにぶつけ、真正面に立っていた男をドアごと吹き飛ばしたのだ。木製のドアは砕けてガラクタと化し、男は足が地を離れ、かわりに後頭部が路上へ落下した。その目が一瞬白く剥きだされ、じきに閉じられる。気絶したのだ。


「何だ! どうした!?」


 向かい側の民家からもう一人の軍人が飛び出してきた。その男が状況を把握するよりも先に、岩石のような固い拳が腹に叩きつけられた。


「ブグッ!」


 常人の大腿ほどもあるテンセイの剛腕だ。強烈な一撃をモロに喰らった男は、ひとたまりもなく地に伏した。


(他には……いない、な。この辺りには)


「テンセイ……じじさまは? ケイ君たちはどうなったの……?」


 コサメが震える声でつぶやく。周囲には他に人の気配がなく、火の手は奥の森へと広がっていた。


「……急ごう。爺様が危ない」





(クッ……しくじった)


 村長のラシアは、左腕の傷口を布でしばる。深い切り傷だ。応急処置の出来る時間がなければ失血死の恐れもあった。


「あの老人はどこに逃げた?」


「まだ遠くへは行っていないはずです!」


 ラシアのすぐ近くにも、軍人たちが迫っていた。その数は20数名。森に散開している者達も含めると、百に近い数がこの村を襲撃していたのだ。


「この村は全滅させろって命令だったからな。さっさと捕まえて殺せ」


 この軍の司令官らしい金髪の中年男が、タバコをふかしながら指示を出す。その表情は「敵と戦っている」というよりも、「狩りを楽しんでいる」というものだった。もっとも、少々飽き始めたようにも見える。


「あ〜あ、まったく。こんな小せぇ村に百人も必要かねぇ……。楽に片付くのはいいけど”張り”ってもんがねぇよな。オレの炎だけで十分だぜ」


 右手には酒ビンまで握っている。そして、ビンを握る手の甲に刻まれているのは――まぎれもなく、『紋』であった。


(……『紋』を持っているのは、あやつだけのようだな……)


 ラシアは、司令官達を見下ろせる木の上に潜んでいた。腕を負傷したため、今、敵に見つかるとまず太刀打ちできない。老体の五感を張りつめ、必死に息を殺している。


 すると――。


「……おい」


「ッ!?」


 いつの間にか、背後に気配があった。ラシアは瞬時に殺気を放ちながら振り向くが、次の瞬間、その表情は安堵に変わった。


「テンセイ……。無事だったか」


「ああ。コサメもな」


 100キロもの体重を持ちながら、敵に見つかることなく樹間を移動する。幼少時から山林を駆け回っていたテンセイならではの技術だ。


「じじさま、ちが出てる!」


「心配するな、コサメ。……お前たちが無事でなによりだ。他の村人は、みなやられてしもうた」


「なに?」


「奴ら……何の予兆もなく急に現れて村人を虐殺しおった。ワシは生き残った者を森へ逃がそうと先導したが……つい先ほど追いつかれ、ワシ以外はみな……」


「そんな!」


 と、声を張り上げたコサメの口を手でふさぎ、ラシアは真剣な目をテンセイに向ける。


「よく聞け、テンセイ……。お前の力でも、この軍隊に打ち勝つことはできん。コサメを連れて逃げろ」


「……」


 正直、村を襲った敵から逃げることは抵抗があった。だが、コサメの安全を考えると選択肢は一つしかない。


「わかった。……爺様はどうする気だ?」


「ワシは出来るだけ敵を引き付ける。その間に逃げろ」


「なにィ?」


 これには賛同できなかった。


「死ぬ気かよ、爺様!」


「こんな老いぼれがついて行っても足手まといにしかならん。よいか、テンセイ。この村を出たら、港町で船に乗り、王都へ行け。そうすれば奴らも手だしはできん」


「王都?」


「下におる軍人共、あの軍服は隣国のものだ。我が国の都へは容易く攻めてこれぬ」


「目的はッ!? アイツらの目的は何だ!?」


 ラシアもその問には答えられず、黙って首を振った。


「もう時間がないぞ……テンセイ。ワシがここから飛び出し、農場の方へ逃げるフリをする。奴らがワシを追い出したら逆の方へ逃げろ」


「逃げろっつってもよ、周りは火の海だぜ。どこにも道はねぇ」


 出来うることなら自分も戦いたい。暗にそう仄めかしたが、ラシアは聞き入れなかった。


「道がなくとも走りぬけ。道はお前の後ろに出来る」


 そう言うや否や、ラシアは木から飛び降りていた。


「爺様……!」


「ワシはここだッ! 老いたとは言えかつては剣に生きた身! 貴様らごときに敗れはせぬ!」


 杖に仕込まれた刀を抜き、声を張り上げる。


「いやがったなジジィ! 俺が相手してやる!」


 司令官が真っ先に反応し、『紋』から炎を吹きながら走り寄ってくる。当然、その後に残りの兵達も続く。


「じじさま……!」


「行くぞ、コサメ!」


 帯を解いてコサメを胸に抱き、テンセイも木を飛び降りた。自分の上着でコサメを守りつつ、炎の中へと駈け出す。


(テンセイ……どこまでも、どこまでも走りぬけ! どこまでも……天晴(あっぱれ)に生きろ!)


 ラシアの振るった刀が、司令官の『紋』を貫く。


「グッウゥ……」


「『紋付き』の弱点は、その『紋』を傷つけられることだ。全身に激痛と痺れが走り、しばらくは戦闘不能となる」


 司令官がゆっくりと倒れる。だがその時、兵士の放った弾丸がラシアの背に食い込んだ。続いて迫ってきた軍刀を避けることもできなかった。


 ――そして村は焼失した。

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