第29話・不協和音の来訪
「来た……来たぞ。あの車に乗ってる」
ウシャス軍本部の門が大きく開かれ、黒塗りの大型車が入ってくる。燃料によって走行する自動車はまだ一般にはあまり普及していないが、さすがに外国政府の送迎には屋根付きの上等な車を使用している。車窓にはカーテンが引かれているため中の様子は見えない。
テンセイ達は二階の窓からその様子を見ていた。
「来やがったな……。相手は何人いるんです?」
「ゼブ政府の外交責任者が一人、その秘書と護衛が六人。全部で七人らしい。事前の通達通りだな」
レンが書類に目を通しながら答える。ゼブの使節団は船でウシャス領土へ上陸し、まず王族の代表者と挨拶を交わした。当然、この時も万全な警備態勢が敷かれ、ゼブの動向をうかがったが、特に危険と思われるような事態は起こらなかった。そして今、事件の当事者と直に話し合うため、軍本部へやってきたのだ。
「ちなみに、その七人の中にDr・サナギの姿はなかったようだ。ほとんどが外交や国際会議で見かけた顔だったと連絡が入っている。ただ、十五、六ぐらいの少年が一人いて、そいつの顔には見覚えがなく情報もない」
「少年?」
「この少年、現時点では特に公的な発言をしていない。背中に武器が入っているような布包みを背負っていることから護衛の役回りだと推測できるが……。それだけだな、わかってるのは。仮に『紋付き』だとしても、リングを嵌めれば問題ない。リングの使用は向こうも承知している」
話している間にも車は進み、本棟玄関前へ横づけた。まず運転手が降り、後部座席のドアを開ける。
そして真っ先に降りて出たのが、その少年であった。
濃い緑の髪を逆立て、両の耳には銀のピアスを嵌めている。しかしながらその顔は年相応よりも幼く見え、遠目からでも敵地へ来て興奮している様子がわかる。報告にあった布包みは、背負ったままでは車に乗りにくかったのか、腕に抱えてあった。大きさや形状からすると刀剣の類だと推測できる。
「ひゅぅ〜、ホントにガキだなありゃあ」
「君も同じぐらいの齢じゃあなかったか? ノーム君」
「オレは十九だよ。三つも違えば別物だろ」
「子どもは、な。大人になればそうでもねぇぞノーム」
ノームから一本取ったテンセイは大口をあけて笑った。笑っている場合ではないが、笑っていられない状況でも笑っていられるのがテンセイである。
少年の後からも、ぞろぞろとスーツ姿の人間が降りてくる。少年を先頭とする護衛に囲まれ、愛想よさそうに笑顔を振りまいている人物がゼブの外交長官だろう。一行は玄関まで出迎えに来たラクラに招かれ、本棟へと入っていった。採掘場でテンセイと戦った炎の軍人――ブルートが生きていたとなれば、コサメがこの本部にいることをゼブ軍は知っているはずである。ブルートの死体が発見されなかったことから、ウシャス軍もそのことに気づいている。
レンは窓を閉め、改めて二人に向き直る。
「さて、いよいよ本番だ。だが、今一度釘を刺しておく。君たちはあくまでも証言者だ。議長はラクラ隊長が務め、向こうの長官からの話を受けるのはオレの役割だ。君たちは証言を求められるまで絶対に発言してはならない」
「了解」
「りょ、了解、です……」
部屋の隅からかぼそい声が聞こえる。テンセイとノームはすっかり忘れてしまっていたが、採掘場の管理者だ。
「そして……いいか、会議において最も重要なことは、余計な口を利かないことだ。決して君たちの方からゼブに質問したり、勝手な憶測で意見を述べたりしないように。ただありのままの真実だけを述べるんだ。だが今回の場合はそれよりも重要なことがある」
レンは一旦言葉をとめ、視線に力を込めて続けた。
「絶対に、何があろうと感情的になるな。おそらく今回、相手は我々にとって不快な言葉を投げかけてくるだろう。意見が食い違う原因はウシャスの不手際だ、とかなんとかな。それでも絶対に声を荒げたり相手を睨みつけたりしてはならない。ましてや暴力など……」
「わかってますって。そんなにバカじゃあねぇッスよ」
もういいよ、とでも言いたげにノームが口を挟む。が、それは逆効果であった。
「わかってるだけじゃあダメなんだ……!」
「う? ぁ……あいでっ!」
レンがノームの手首をつかみ、強くひねり上げたのだ。苦痛に顔をゆがめるノームに対し、ドスの利いた声を突き付ける。
「脳で理解するな心の奥底に誓いを刻め。決して余計なことはしないと。君が若く感情的な人間だから私は釘を刺しているんだ……! ちょっとした無礼が大戦争につながりかねない会議なのだぞ……!」
手首を握る力がますます強くなる。視線はノームに向けられているが、言葉はその場にいる全員に向けられている。感情的という点ではテンセイもひけを取らないのだ。
「おとなしくしていることなんて簡単だと思っているのか? 簡単なことを簡単にさせてくれないのが大人の社会だ」
「ぢ……誓い、ます……。絶対余計なことしません……」
迫力に押され、ノームもいつもの軽口が出ない。情けない声で懇願し、ようやく解放してもらった。
「……そろそろ時間だ。席につこう」
レンの号令で、一同は指定されていた席につく。相変わらずテンセイにとっては窮屈なイスだったが、一人だけ特別席にするわけにもいかない。
そのまま数分もした頃だろうか、入口の扉がゆっくりと開かれたのは。
「こちらが会場となります。そちらの意向通り、早速会議を始めましょう」
ラクラがゼブ使節を率いて入ってきた。みな、一様にリングを嵌めている。全員が『紋付き』だとは限らないだろうが、念のために参加者全員にリング着用を要求したのだ。そして当然、それはウシャスも同じだ。テンセイ、ノム、レン、ラクラ、そして一般人の管理者までもが腕をリングに締められている。
一旦席に着いたテンセイ達が立ち上がり、頭を下げてゼブに礼を捧げる。
テンセイが頭をあげて改めて相手一団を見やった時――。例の少年が、ニコやかに自分を見ていることに気づいた。