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第274話・睦言

 どんな技術も能力も及ばない、高い雲の上。かつては地上からそこに至るまでの道が存在していた。古い時代のヒトが、神の膝元へ上るために創造した至天の塔。その塔自体は今なお残されている。だが、例え塔を登りつめたところで道はどこにもつながっていない。塔がつくられた時代のヒトは、心の底から神を信仰していた。だからこそ神もヒトを認め、資格ある者ならば己の領域へ来ることを許していた。


「愚かなヒトの子よ。我を汝らごときが支配できると思うたか。……滑稽よの。身の(わきま)え方を知らぬ生物ほど面倒なものはない。ヒトが散々見下しておる野獣でさえ、己の身分を知っておるというのにな」


 何もない真っ白な空間に、神の声がこだまする。この世界に生ある者が訪れることは未来永劫あり得ないだろう。神はヒトを見捨て、塔から至る道のりを塞いでしまったのだから。ここへ訪れることが出来るのは、現世での役目を終えた魂のみ。


「フェニッ……クス……!」


 ひとつの魂が、白い空間を当てもなく徘徊していた。どれだけ進んでも変化のない空間に苛立ちを覚えているようだが、その動きを止めようとする気配はない。


「醜い。どこまでも欲を尽かさぬ下郎めが。我の名を呼ぶことに何の意味がある」


 神の声だけが空間の果てまで響き渡る。魂は声の出所を探すが、無限に響く声はいっさい正体をつかませない。


「私を、私を蘇らせろッ! この私にもう一度生命を与えるのだ!」


「ルクファール・サイド。もうお前の役目はない。全てを終えたからこそこの地へ踏み入ることを許されたのだ」


「違うッ! 私はお前に会いに来た! 私に生命を与えて蘇らせるためにだ。あんな下衆どもが生きて私が果てるなど、誰が認めるものか。私は全てのヒトに夢を与えてやらねばならないのだ。……いいや、フェニックス。お前が望むのならば、ヒトの大半を破滅に追いやってもいい。私を信じる者だけが生き残る理想の世界だ。生き残った者は信仰の心を持つ者。つまりフェニックス、お前にとっても都合のいい存在になるだろう? お前と私、二つの力でヒトを支配してやるのだッ!」


「尚更醜い」


 神の声は容赦なく裁きを下す。


「これがヒトの本性よ。己の行く末を見失い、目先の勘定に飛び付く」


「行く末だと? 私は……あいつらを許せないだけだ! この私を抹消してあいつらだけが生き残る世界など、そっちの方がよほど醜い。あいつらには何も出来やしない。私だけが、世界を正しい姿に戻すことが出来るのだ。誰もが偉大なる神や英雄を信じる、素晴らしい世界だ。外聞を取り繕ったり他者と争い合ったり、財産に執着することもない。私とフェニックスの下で全てのヒトが平等に生きられる世界。それがお前の望みなんだろう?」


 そういうところが最も愚かしいのだ、とフェニックスの声が響く。


「己の尺度でしか物事を計れぬか。我の望むはただ一つ、この星の歴史を永久に見守ることだけよ」


「フン、何が見守る、だ。ならばなぜヒトに干渉した。ヒトが何をしようと神に届かないのなら、お前がわざわざヒトを滅ぼすように働きかけなくてもよかったんじゃあないのか」


「全てはヒトの業が招いた結果よ。この星の生物の一種であることを忘れ、神の名を騙った罪は裁かれねばならぬ。我の揺り籠に眠っておれば良かったものを……」


「まったく、神の言うことは一々回りくどいな。だがどの道愚かなヒトを滅ぼすつもりなのだろう? ヒトが驕りを捨てて神に従えば許すのだろう? ならば私を蘇らせるべきだ。私を再び世に送り出したならば、必ず愚か者どもを排除してみせる。何も難しいことはない。あの正義面したテンセイ。そして傀儡のくせに自我を持ったサダム。この二人を殺してしまえばあっさりとケリがつく。私が死んだと思いこんでいる今のアイツらなど、赤子同然に(くび)り殺せる。」


 ルクファールは未だに、己の敗北を認めていない。他者の無知を見下すことにかけては比類なき才能を発揮するこの男が、己の無知に関してだけは絶望的に鈍感だ。そのことを指摘すれば、ルクファールはぬけぬけと反論するだろう。あれは敗北などではない。私が強い故に油断が生まれ、その隙を運悪く突かれただけに過ぎない、と。遊びを入れずさっさと片付けようとすれば実に簡単なのだと言って止まないだろう。


 神にはルクファールの全てがわかりきっていた。所詮ヒトという生物の一個体とはいえ、仮にも神自身が器として選んだ存在だ。その心の内まで完全に把握している。ルクファールは決してテンセイに勝てない。


 神の目に限らず、誰にとっても明らかな事実を当人だけが知らない。否、知っていないように装っている。脳が事実を思い描くまえに、魔王としての意地が意識を他に向けさせているのだ。それだけの芸当を平然とやってのける能力は大したものだが、結局は逃げているだけのことだ。己の弱さを受け入れてでも前に進むテンセイとは根本的に違う。


「フェニックス。私は絶対に立ち止まらないぞ。お前が私に力を貸さないというのなら……今度こそ完全に奪い去ってやるまでだ。私の魂とお前の力、どちらが上か真に決着をつけてやる。姿を見せろ、フェニックス!」


「ふん」


 安い挑発に乗ったわけはないが、フェニックスはその望みを聞き入れた。白一色の空間に、朝焼けに似た赤の光が灯る。前触れもなく現れた光は強力なまでの存在感を放ち、ルクファールの魂を惹きつける。


「来るが良い。ヒトの子よ」


「私はヒトではない。ヒトを越える存在……新たなる神話の主だ」


 魂は羽虫のごとく光に寄って行く。光の中にいるのは、紛れもない炎の霊鳥・フェニックスだ。生命を生み出す神にして断罪を下す処刑者。一見して相反する二つの役割を秘めた瞳は、総じて気高い女王のそれを思わせる。


「救うことと壊すこと、どちらも同じことよ。何かを救うために何かを壊し、何かを壊すことで何かが救われる。我にとって生も死も等しいこと。ヒトの子よ。我の裁きは終わった。汝らの未来がいかに転ぶか、我は今一度この地より見届けようぞ」


「違う。お前は私の一部となるのだ」


「転生の渦に消えよ。新たなる役目のために」


 赤の炎が、また新たな魂を包みこんだ。

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