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第273話・違

「それで……? もう一度話せ」


「だからぁ、壊れちまったんだよ」


「何がだ。もっとわかりやすく話せ」


「だぁ~かぁ~らあ! 途中で壊れちまったんだよ! 船が!」


 目の前で腹立たしげに叫ぶ青年を見て、ウシャスの幹部クドゥルはとても大きなため息をついた。臨時で持ち場となった軍本部の司令室。昼の日射しを背中に受けてゆったりと座るクドゥルの顔には、とても穏やかとは言えない表情がつくられていた。


「向こうの王様と、オッサンが決闘することになったんだよ。一対一で、ゼブの船の上で。ああもう、またムチャクチャな話だと思ってるだろ、その顔は。でも本当なんだよ。いやな、オレだって最初は少しどうかと思ったよ。何せオッサンは一度あの王様に勝ってるとはいえ、その時は『紋』を砕いての勝利だったからな。弱点だった『紋』が王様からは消えちまってるわけだから、必ずしもまた勝てるわけじゃないって……ん? そういう事じゃないのか?」


 久々に新品の軍服に着替えたノームは、笑っているとも困っているともつかない曖昧な顔でクドゥルに結末を報告している。


「まぁともかくオレは一瞬考えたんだけど、オッサンは相変わらず”わかった。オレが戦う”って即決だったよ。それで決闘の場所なんだけど、どうせなら見届け人の多い方がいいってんで、陸に戻らず海の上で決着をつけることになったんだよ。ゼブの方から一隻の戦艦が出てきて、その船には向こうの王様と操縦士しか乗ってなかった。その操縦士も決闘の前に緊急用ボートで艦隊の方に引き返して行ったよ」


「……そこまではわかるのだ。だが、船が壊れたというのはどういうことだ。何者かが邪魔をしたのか?」


「いや、そうじゃなくて、その、盛り上がり過ぎちゃったんだよ、二人とも」


「二人と言うのは」


「だから、オッサンと王様だよ! あの二人が船の上で殴り合いの決闘して……あ、そうそう。あの時の波はびっくりするぐらい静かに凪いでて、オッサンも揺れを気にしないで思いっきり戦えたんだよ。向こうの王様ももの凄く強い奴で、剣も銃も使わずに……ってか、剣はサイシャの島で砕かれてたんだけどさ、拳だけでひたすら殴り合ってたんだよ」


「それでなぜ戦艦が壊れるというのだ」


「知らねぇよ! とにかくお互いが盛り上がって派手に暴れすぎて船の方が壊れちまったんだよ! かなり強く踏み込んだり空振った拳が当たったりしたから……」


「ゼブの軍艦は木製か何かか!?」


「それはねぇと思うなー」


「わかっておる! だがもっとわかりやすく事実を話せ」


「これ以上わかりやすくなんて説明できねぇよ。今言ったことが全部、ありのままでオレが見たまんまの事実だよ」


 クドゥルは改めて胸一杯に酸素を吸い込み、これでもかと盛大にため息をついて見せた。そしてぐったりとした顔を無理やりあげて口を開いた。


「で……?」


「そんで、船が壊れて二人が海に落ちたんだよ。結構派手に、ザバーンって。これで落ちたのが可愛い女の子だったら大急ぎで助けにいくけどさ、なにせあの二人だろ。どうしたもんかなーって考えながら様子を見てたら、さっさと助けろ! って怒られた」


「誰にだ」


「落ちた二人に。あーもう、本当にびっくりした。あの二人、実は泳げなかったんだってな」


「……は?」


「オッサンは山育ちだし、向こうの王様も砂漠育ちだし。確かゼブのご先祖様はデカい鯨を仕留めたことがあるって聞いたけど、まぁだからといって必ずしも泳げるわけじゃないってことだろうな。泳げないくせに平気で海に出るんだから、クソ度胸っていうかやっぱりどこか抜けてるというか」


「もういい。お前のその余計な注釈を一々聞いていたら日が暮れる。結末だけ話せ」


「じゃあ短く言うと、ベールがあの二人を引っ張り上げて、ゼブの別の船まで運んだんだよ。そっちの船には他の将軍やらサナギやらが乗っていたんだけど、誰もオッサンを攻撃しようとはしなかった。あくまでも一騎打ちのケリがつくまで見守るつもりだったんだろうな」


 ノームはバンダナの上から頭をかきつつ、情景を脳裏に浮かべながらゆっくりと語る。


「オッサンも王様も、お互い思っきし殴られたり蹴られたりしてボロボロになってた。でも、二人とも楽しそうだった。オレが言うのもなんだけど、体だけ大人で中身は子どもみたいだったな」


「一国の主が敵国の下級兵と本気の殴り合い。しかもそれで満足げに大笑い。何がどうなっているんだ」


「それで、結局決闘はうやむやになった。たぶん、それでよかったんじゃないかと思う。あの二人の事だから、何かきっかけがないとケンカしっ放しだっただろうし」


 とうとうはっきり「ケンカ」と言い切ってしまった。


「ボロボロでも、二人は立ち上がった。それで王様が言ったんだ。戦いに水を差されたなって。あの王様、意外と上手いこと言うよな。でもどっちかっていうと二人の方が水に入って行ったんだけど」


「そういうことは言わなくていい、とさっき忠告したはずだ」


「……さすがの二人もすっかり勢いを削がれて、それ以上戦うつもりがなくなったらしい。で、王様が将軍たちに命令した」


『全軍撤退! ウシャスへの侵攻は中止する!』


 それがサダムの命令であった。


「あくまでも中止、か」


「決着がついたわけじゃないからな。だけどたぶん、もうゼブが攻めてくることはないだろうよ。少なくとも、王様とオッサンの決着が完全につくまではな」


「また戦う機会があるというのか?」


「たぶんないだろうな。オッサンはいざケンカってなると目を輝かせるけど、自分から吹っかけたがるようなタイプじゃないしな」


「……ずいぶんと呆気なく終わったのだな」


「終わってないっしょ。フェニックスがまだヒトを滅ぼすつもりでいるなら、まだまだ安心は出来ない。なにせ神だからな。もっと直接的な手段を取られたら一溜まりもない」


「それにも関わらず、フェニックスはこれまで回りくどい手段を取ってきた。ならば……」


 クドゥルは途中で口を閉ざしたが、言いたいことはノームに伝わった。


「たぶん、そうだろうな。隊長やオッサンたちはまだあちこち飛び回ってる。とりあえずオレだけ先に帰らせてもらって、報告することにしたんだよ」


「うむ、報告御苦労。……だが、ノーム。お前は、いったいいつになったら口の利き方を覚えるのだッ!」


 最後に大きな雷を落とされて、ノームは慌てて司令室から逃げ出した。

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