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第270話・流

 海底から立ち上る無数の魂。それらは遥か彼方に四散するかに見えたが、大部分が未だ海面上に漂っていた。ルクファールの言葉によれば、夢の途中で追い出された魂は苦しみに襲われ、仮の宿を求めて生物に憑依するはずである。だが魂たちは剥き出しの姿のまま、光の中にたむろしている。レンとヤコウが魂たちを鎮めているのだ。


「サダムと話す前に、やるべき事があるな」


『ああ。……皮肉だけど、こんな体だからできることがある』


 ベールは口を動かさず、魂の思念だけで話す。魂が肉体に還ったところで、神の転生を受けなければ生物は生まれない。ベールの魂はあくまでも一時的に還っているだけにすぎないのだ。魂が完全に定着し、かつての姿に戻ることは出来ない。それでも意思は繋がっている。


 翼をはためかせ、ベールは海上の魂たちへ迫る。その傍にたたずんでいたキツネが顔を上げてベールを見つめるが、ラクラとユタはそれよりずっと前からテンセイたちの姿を見守っていた。無論、その周囲を取り巻く魂たちもだ。


『あの化け物が、最後の頼みになるとはな』


「やっつけなくてよかったね、リク」


『なに言ってんだ。あん時真っ先に突っ込んでいったのは誰だよ』


「ダグ」


『てめっ……! 都合のいい改変すんなよ』


「そうだったっけ?」


「おいユタ! そのキツネ、まだ乗れるか!?」


 ダグラスへとぼけて見せるユタに、ノームが声を飛ばしてきた。それ以上人を乗せられるのか、と問いたいらしい。


「あんまり激しく動いたり遠くまで飛んだりしないんだったら、もう二、三人ぐらいは平気だけど。って、まさかこっちに移ってくるつもり?」


「そうだ。こっから先は、オレもコサメもお留守番なんでな。そっちで一足先に休ませてもらうぜ」


「……ここ、休憩所じゃないんだけど」


 膨れてみるも、ベールはすでにキツネの眼前にまで来ていた。


「悪いな隊長。……今度こそ、ちゃんと終わらせてくる」


「ええ……待っています。私も今なら全てを貴方に委ねることができます。必ずやり遂げて、そして、無事に帰ってきてください」


 ノームがコサメを伴ってキツネに乗り込む間、ラクラとテンセイはただこれだけの言葉を交わした。


『強い意志があれば、魂は安定して留まることが出来る。でも長くはもたない。僕たち、ホテルの住人の魂は、天へ還るには重すぎるし、自由に彷徨えるほど軽くもない。仮の宿として、この体を使うんだ』


 ベールの言葉が魂たちに通じたのか、それともレンやヤコウが導いたのか、光輝く魂たちは徐々にベールへ群がり、その黒い肌へと吸い込まれていった。


『オレたちも行くか。後は頼んだぞ、ユタ』


「うん。任せて」


 四人と一匹の魂もまた、ベールの肌へ消えた。


『兄さんは、力で魂を押さえつけていた。魂の見る夢を覗き見ることはあっても、その魂が本当に何を求めているのかを理解しようとしなかった。いや、一方的に決めつけていたんだ。だから魂の重みはそのまま兄さんの体に圧し掛かって、兄さんは力でそれを押さえこんだ。……理解しようとすれば、重みなんてなくなるのに』


「それでも重みを全部抱えたってんだから、アイツもとんでもねぇ男だな」


 だからこそフェニックスの器として選ばれたのだろう。しかし役目を果たした後は転落一途をたどり、ついに完全なる敗北を喫して海へ沈んだ。その魂も当然浮かび上がっているはずである。


『……おかしい。兄さんの魂がどこにも見当たらない』


「なに?」


『兄さんの魂ならすぐにわかるはずなんだけど、少なくとも僕の中に宿った魂の中にはいないし、まだ周辺を漂っている気配もない』


 ベールやキツネの周囲に残っている魂はほんのわずか。それらも見る見るうちにベールへ寄っていく。


「ゼブの方にもいくつか魂が向かってたが」


『その中にも兄さんの魂はなかったと思う。……まだ海の底に留まっているのか、それとも僕たちの気付かないうちにどこかへ去って行ったのか……』


「そうか。ま、考えてもわからないことは」


『考えなくていいよね。いや、よくないだろうけど。何となく予感めいたものならあるよ。兄さんの魂がどこかに向かったとしても、僕たちの邪魔をすることはないって』


「だったらやっぱり、考えなくていいな。次にオレ達が考えなくちゃいけないのは、ゼブに向かった魂たちのことだ。あの中のいくつかはオレも知ってる奴だった」


『うん。僕は初めてだけど、翼の『紋』の魂が彼らを知っていた。彼らなら大丈夫だって言ってる』






 ゼブ国の保有する大艦隊。ウシャス侵略のために集結した戦力の数々は、隊列を組んだまま洋上に停止していた。


「おお、おお、サナギや、無事だったかい!」


「姉さんこそ! よかった、よかった!」


 感動の再会。本人たちにとっては紛れもなく落涙ものの奇蹟なのだが、それを眺める周囲の視線は冷たい。それでもかろうじて温もりのある目を持った男が、サナミへ声をかけた。


「それで、サナミよ。ぬしらの言うルクファールとやらは、ウシャス幹部のラクラに殺されたのだな。ルクファールは以前から陰でぬしらを従えており、この機に乗じてウシャス侵攻を始め、幹部に迎撃された。ぬしの話を要約するとこうなるが」


「は、はぁ。王様の、の、言う通りだよ」


 サナミは、自分がルクファールの従者であったと直接的には述べなかった。だがその口ぶりや状況から、サダムは容易く事実を見抜いてしまった。


「その様な輩がおったとは信じ難いが、真偽はどちらでも構わぬ。ただ一つ言えることは、ここでテンセイや幹部ラクラを仕留めればそのままウシャスを落とせるということだけよ」


 大艦隊の先陣を切る、ひと際巨大な戦艦。そこにサダムや将軍たちはいた。重要な戦では指導者自らが先陣に立つのがゼブの常套手段であった。


「相手は翼の機動力を持っています。我々が進軍してもウシャスまで逃げられる恐れがありますが」


「それならば追えばよいだけのことよ。逃げた先にウシャスの部隊が待ち受けておったとしても、それら全てを叩き伏せてしまえば何も問題はあるまい。むしろ海上で優劣をつけた方が本土の被害を少なくできる」


 サダムがそう断言した時、突如見張りの兵が叫んだ。


「報告です! 何やら光の塊のようなものが、波間を漂って当艦へ接近してきます! 太陽光に紛れて視認が遅れました……!」

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