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第269話・黒の翼は命に燃えて

 魂の様子が違うことに、テンセイも気がついたようだ。ノームは初めのうち不安を感じていたようだが、テンセイやコサメが落ち着いている姿を見て安心したようだ。


「お前が、こいつを呼んだのか」


 テンセイが魂の一つに語りかけた。


『どうかな。僕が呼んだ気もするけど。……たぶん、彼が自分の意思でここに来たんだと思うよ。僕と彼は違う存在だったけど、彼もまた、君と一緒に暮らした仲間なんだから』


「そうだな。こいつの魂も、お前の体の一部だったんだしな」


 こいつ、と呼ばれたベール――黒翼のベールは、物言わず目の前の魂と対峙している。涙は流さない。流せたとしても、きっと流さなかったであろう。今はまだその時ではない。


『……僕は、ずっと自分を責めていた。僕がもっとちゃんと兄さんを理解していれば、何とか話し合いで止められたんじゃないかって……。もっと早く兄さんに向き合っていれば、追い詰められて海に落とすなんてこともなかったんじゃないかって。……兄さんを殺して、自分だけ幸せになろうとした罰なんだってずっと思っていて』


「ベール」


『ごめん、愚痴を聞かせるつもりじゃなかったんだ。おかしいよね。他に言うべきことはたくさんあるのに、何を言えばいいのかわからない』


「そんな時は、色々考えないで思いついたことを言えばいいんだよ」


『そうだったね。じゃあ、とりあえず一つだけ』


 魂は少しを間をおき、ゆっくりと言葉を紡いだ。


『大きくなったね。コサメ……になったのかな、名前は。顔がヒサメに似ている』


「だろ? 将来かなりの美人になるぜ」


 テンセイは笑って、コサメを頭を小突いて見せた。


 コサメとベールの魂が向きあう。生まれたと同時に別れた親子が、初めて互いの存在を認識しあった。二人が引き裂かれたのは運命か自業か。しかし、今こうして出会うことができたのはヒトの行動による結果だ。


「コサメ。こいつが、お前の本当のお父さんだ」


「お父さん……」


 少女が父の魂に呼びかける。


「はじめまして、じゃないよね。テンセイが言ってた。お父さんは、少しだけここにいるって」


『ここ?』


「ここ」


 そう言って、コサメは自分の頭に手をやった。小さな手のひらを出来るだけ大きく広げて、いつもテンセイにされているように頭を押さえる。その行動にテンセイは一瞬理解が遅れたが、すぐに記憶を思い返して苦笑いを浮かべた。


「……頭の中にいるんじゃなくて……心の中で一緒にいるんだとか、同じ血が流れてるんだとか、そういう意味で言ったんだけどな。そういやあの時、コサメの頭をなでてたな」


「ちがうの?」


『違ってはいないよ。その髪も僕と同じものだし。……でも、そうか。初めましてじゃないね。それなら……ただいま、コサメ』


「おかえりなさい。ただいま、には、おかえりなさい」


「ああ。それでいい」


 小さな小さな幸せがあった。だが、長く浸ることは許されない。まだ最後の戦いは終わっていないのだ。


『テンセイ。今まで君には迷惑をかけ続けてきたけど、もう一つだけお願いしていいかな。……今、僕に出来ることをさせてほしい。きっと彼もそのためにここへ来たんだ』


 彼、と呼ばれた黒翼のベールが静かに頷いた。ベールの肉体に刻まれていた翼の『紋』の魂。それは明確な自我を持っていなかったとはいえ間違いなく魂であり、テンセイやヒサメとともに生活していたのだ。


「わかってるさ。ベール。だけどな、オレはいつだってお前のことを迷惑だなんて思ったことはない。謝るんだったら、オレの方こそ謝らなきゃいけないことはたくさんある。平気なフリしてるけど、本当はオレだって強くない。……感情がゴチャゴチャして、頭ン中が大変なんだ。それでいっぺんに色々考えられないから、とにかく一つずつ片付けていってるんだ。だから……この戦いを終わらせて、落ちついてお前と話すためにも、お前のその力を貸してくれ。ベール」


『ありがとう、テンセイ』


 煌めく魂が、ゆらゆらと漂いながら黒翼のベールに近付く。向かうのではなく、帰るのだ。青年の魂は過ちを受け止め、新たな未来を創造するため忌まわしい記憶の中に帰る。その先に必ず少女の幸福が待っていると信じて――。


 グウゥゥ……と悪魔が低くうなり声をあげる。その黒い顔に魂が吸いつき、雪が融けるように混じりあった。悪魔に変貌していても、かつてはヒトという生物であった存在。それに本来の主が帰っていく。


「行こうぜ、ベール。今度こそゼブを止めるんだ。そして……フェニックスを探して、人間の滅亡をやめさせるんだ。お前の翼と心、頼りにしてるぜ」


『ああ。フェニックスに教えてあげよう。ヒトは神になんかなれはしない。けど、神様だってヒトの全てをわかりはしない、ってね』


「ところでよォ、オッサン」


 今まで気を利かして黙っていたノームが、思い出したように口を開いた。


「これからどーやって王様を説得する? あそこにラクラ隊長も来てるみたいだけど、今度近寄ったらソッコーで撃ち抜かれるかもよ。ってか絶対そうだ。どうする? 遠くから声だけ飛ばすか、また攻撃を避けながら近づくか……」


「将軍たちの強さは本物だ。次は他の軍人たちまで一斉に攻撃してくるだろうし。ベールの体でも、一方的に攻撃され続ければ長くはもたねぇ」


「じゃあ、遠くから?」


「そうするしかねぇな。けどオレたちが遠くにいる間に、サダムが将軍たちに攻撃中止の命令を出せば近づける」


 どうやってその命令を出させる。近づいて、今度はどんな説得を試みる。その疑問を口に出す前に、ノームは答えを見つけ出した。ただよっていた魂はベールものだけではない。他にも幾つかの魂が周囲を飛び交っており、それらは徐々にある方向へと進んでいた。


「やっぱりアイツら追ってきたぜ。さぁ、今度こそ終わらせるか」


 魂たちが向かっているのは、ゼブの港の方向であった。そちらにはサナミの乗る船も向かっているが、逆に港からこちらへ近付いてくる影があった。それは蜃気楼かと見紛うほど巨大な影。ゼブの保有する大艦隊である。

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