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第265話・足掻き

 能力は単純であるほど強力。感情もまた然り。純粋に一つに偏っているほどポテンシャルを最大に引き出すことができる。ヒトという生き物は悲しいことに、愛や正義感よりも憎悪や怒りなどの感情に染まりやすく出来ている。それを知っているからこそ、ルクファールは己を憤怒に包むことで力を発揮する。


「どうしてそんなに死にたがる!? 何もしないでいれば、私の支配を受け入れさえすれば、他には何の不安も恐怖もなく生きられるというのに……無様にあがくことが美しいとでも思っているのかッ!」


 ルクファールの右手が素早く動き、衣服についていたボタン三つを全てむしり取った。そして滑らかかつ鋭い指先で弾き飛ばす。たかがボタンを弾くだけの攻撃だが、それを行ったのは超人とも言うべき肉体の持ち主だ。厚さ数センチの木板なら貫通してしまうほどの威力があり、狙いも正確である。だがその軌道は特別な変化を見せるわけでもなく、ただ直線的に、空気抵抗で極々わずかに放物線を描きながら飛んでくるだけの物体だ。銃の名手であるラクラは、ボタンが指から離れる直前から軌道を予測していた。


「飛行速度はこのまま――。ゼブの軍人たちが手を出してこないか警戒していてください」


「うんっ」


 ユタに指示を出すと同時に、両手の銃を吠えさせる。二つの銃から一発ずつ吐き出された光の弾丸は三つのボタン全てを弾き、それを放ったルクファールをも貫こうとする。


 次の瞬間、ラクラは息を呑んだ。ルクファールが弾丸を回避することは予測の範疇であった。それと同時に新たな飛び道具が迫ってきたこともある程度は覚悟していた。ボタンは全てなくなっても、ポケットの中等から別の飛び道具を取り出す可能性はあると踏んでいた。しかし、まさか千切れた親指を投げてくるとは思わなかった。


「くッ!」


 軍人である以上、肉体の一部を失う負傷などいくらでも目の当たりにしている。だが飛び道具を得るためにわざと肉体をえぐらせる者など見たことがない。しかも親指はラクラの目を狙っていた。指そのものだけでなく、断面から零れる血液が目に入っても戦力としては致命的だ。


 第二弾を発射して迎撃する余裕はない。ラクラは腕を振るい、握った銃で直接指を叩き落とした。その行為によって一瞬ルクファールが視界から消えることは承知の上だ。自分の視覚からは消えるが、ユタからは見えているはずだ。この隙に新たな飛び道具を出されても風で対処できる。


「始めから風のシールドを使わないのは……それによって私の姿が見えにくくなることを恐れているからじゃないのか? 銃を使う者にとって標的を見失うことは死も同然だからな。『フラッド』のダグラスのような爆弾銃ならともかく、お前の光銃は少しでも狙いがそれると全く意味をなさなくなる」


 その声は甲板から聞こえてくる。しかし恐れた以上に接近されていないことに安堵する余裕はない。


「ホテルが出た! 魂がこっちに来る!」


 ユタの叫び声があがった。キツネが高度を急激にあげ、船を見下ろす位置へ移動する。ラクラは自分の目で、ルクファールの右手に忌まわしいホテルが出現していることを確認した。その扉が開き、中から一つの青白い魂が躍り出ていることも把握する。


「さて、ラクラ。今の一瞬の間に、私が何をしたかわかるか? そこのユタは、どうせ私がホテルを呼び出したことしか気付いていない。そいつは風を操るしか能がないからな。お前の目だったら捉えられたであろう私の動作を、そいつは確実に見逃している」


 ルクファールの言葉で、ユタの額に汗が流れた。


「それともユタ。お前は見えたか? お前がホテルと魂に気を取られている間に、私が何をやったのかを。これから起こる出来事を把握してラクラに伝えることが出来るのか?」


 ルクファールは心の底から怒りと憎しみに染まっている。それでいてこの態度。感情を爆発させたままであっても、勝利のためならば表面だけでも冷静になれる男だ。


「お前達が私の邪魔をするつもりだとわかった以上、手加減をしたり遊んだりする必要は微塵も欠片も全くない。……というか、サイシャの島で一度思う存分遊んでやったしな。あの時やり残した最後の作業を今やってやるだけだ」


 ルクファールの瞳はユタを射抜いている。右手にホテルを出したままの格好で、新たな飛び道具を出す気配もない。ホテルから放り出された魂がふわふわと宙に漂い、新たな宿り主を探している。


「精々あがいてみるがいい。もっとも、あがいた分だけより多くの苦しみが待っているがな」


 魔王の足が一歩、ラクラの方へ近付く。ラクラとユタの乗るキツネは上空にいるため手は届かないが、魔王の驚異的な肉体ならば甲板からの跳躍で十分届く距離だ。


「ユタ。あなたは、ルクファールが何をしたか見えましたか?」


 ラクラが視線を変えないまま問う。それに対し、ユタは小さく首を振りながら答えた。


「……ううん、何も。ホテルから魂を出す瞬間はハッキリと見た。けど、それ以外には何も。……ホテルを出したのは右手だけど、左手で何をやっていたのかはわからない」


「そうですか」


「何を今さら相談している。疑うのなら、一つだけ先に教えてやろう。これからは私はお前たちに飛びかかる。だが私がそこに到達する一瞬前に、ラクラの首が切断される。私はその後でユタだけを仕留めればいい」


 魔王がさらに距離を詰める。呼び出した魂はラクラに憑依させるためでなく、ユタの注意を惹きつけるためのものだったらしい。魂をけしかけるような仕草は見られない。


「必死こいて醜くあがけば……少しは寿命が延びるかもな。ほんの数秒だけは……」


 ラクラとルクファールが睨みあう。ぶつかり合う火花が一段と強くなったその瞬間、ルクファールの足は甲板を離れていた。ラクラの首が切断されると言ったが、それがどのような手段によるものなのかはルクファール自身しか知らない。


 ルクファールがキツネへ迫る。その速度はユタの反応を越え、咄嗟に退くことも風で弾くことも許さなかった。ラクラだけが対応を許されていた。

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