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第263話・挑発

 ルクファールを乗せた船は進む。船を動かしている軍人たちは、ルクファールの圧倒的な力に屈し、渋々従っている。得体の知れない男に突然襲撃され、抵抗を試みる間に味方の数名を失った軍人ったいの胸中は穏やかではない。なかなか落ち着いている、などと魔王は勝手に言い放ったが、心の底から平静を保っている者は誰一人いない。それでも表面上だけは冷静なように見えるのは、どの道もう少しでウシャスへ攻める予定だったのだという言い訳があるからだ。最終的にゼブの有利に事が運べばいくらか罪は許される、とこれまた身勝手な思いを胸に抱いた瞬間、軍人は駒と化した。


「しかし、しかし、テンセイ達は無事に、に、脱出できるでしょうか。我々の起こした事件が伝わったとして、しても、あの王様がみすみす逃がすとは思えませんが」


「どうにかするだろう。アイツならどうせ、タダじゃ死にはしない。少しでも機会があれば必ず利用する」


「はぁ。しかし脱出の機会と言っても、情報を聞いた将軍たちが攻撃の手を休めるとは……」


「それでもどうにかするのだ。私にはわかる」


 ルクファールはかすかに眉をひそめた。サナミはすぐにそのことを察すればよかったのだが、ルクファールが背を向けていたため気がつかなかった。


「テンセイは害虫並みにしぶとい」


「確かにあの男なら、なら、上手いこと切り抜けるかもしれませんが……。これも信頼ということですかな」


 余計な一言を放ってしまった。極力、魔王の機嫌を損ねないよう気を遣っていたのにも関わらず、己の寿命を縮める発言をしてしまった。


「……私がテンセイを信頼していると?」


 魔王の顔から、布で拭ったように笑みが消え去った。


「この私が、よりによってあのテンセイを信頼していると言うのか? 白昼堂々ずいぶんと粋な寝言を言ってくれるな」


「ひぇ、これはその、その、言葉の綾というものでして……」


「まったく、お前は今までの人生で何を学んできたんだ。ん? 私の傍にいながら何を見てきたんだ。いいか? 私はテンセイを信頼しているわけではない」


「は、はぁ」


「私が信頼しているのは私自身だけだ。テンセイなら脱出できる可能性が高いという、私の直感を信頼しているのだ。これだから低劣な人間との会話は嫌になる。何もかもやたらと混同して考えるのだから始末に負えない」


 魔王の声は酷く平坦で、不気味なほど低く抑えられていた。大人ぶった仮面の中から、稚拙な思考と意地が覗いている。


「ごくわずかでも長生きしたければ、二度と余計な口を叩くな。どうせこれからしばらくの間お前は必要ない。船倉に引きこもってろ」


 嫌がるサナミを強引に連れてきたのはお前だろう、などと誰かが口を滑らせれば、船上に地獄絵図が描かれたことだろう。信頼という単語が出た瞬間に爆発しなかっただけまだ平和であった。


「いいか、サナミよ。この戦争に限らずいつだって、私は別にお前を傍に置いておく必要などないのだぞ。ただ暇つぶしの遊戯代わりに生かしておいているだけだ。玩具の分際で私を舐めるような発言をするな」


 ルクファールがサナミのほうを振り返る。憎悪に満ちた目は怯えるサナミの瞳を強く睨み付ける。と、そのサナミの目に、変わったものが映っていることに気づいた。ルクファール自身の顔も映っているが、その背後、遥か後方に不自然な影が見えた。おそらくサナミにも見えてはいるが脳が認識していない。この距離ではまだ常人には判別が難しいほど小さな影だが、確かに見えた。


「……あれは」


 首を曲げて空を見上げる。遠い空を影が滑り、船の進行方向からこちらのほうへ近づいて来ていた。それはルクファールの予想したものとは異なる、金色の物体だった。


「なぜ、アイツがここに来る。今更私に何の用だ」


「ア、アイツ、とは?」


「復讐のつもりか。それとも新たな拠り所を求めに来たのか。後者ならそれなりに優遇してやってもいいが、復讐をするつもりならさっさと始末しよう」


 サナミは双眼鏡を取り出し、ルクファールの視線の先を追った。ほぼ同時に、見張りの軍人が声を張り上げた。


「あれは『フラッド』だ! 『フラッド』の化け物ギツネが現れやがったぞ!」


 金色の体毛を風になびかせ、地を走るように風を駆ける擬似生物。ユタの『紋』が生み出した巨大なキツネが、ウシャスの空から向かってきたのだ。


「クケェ。あの娘は、ユタは、仲間を全て失ったショックで、で、抜け殻のように絶望しておりましたが……」


「ほう、なら結局あの後リークウェルも死んだのか」


「ええ、ええ。頼りにしていた仲間全員に死なれ、れ、誰かに抵抗する気力もなくなって、なって、しまったようで……。今はウシャスに保護されているはずです」


「なるほど。だからあの女が一緒にいるのか」


 キツネに跨っているユタの目は、サナミが最後に見た姿とは打って変わり、強い決意に満ちていた。その肩を支えるように背後から寄り添っているスーツ姿の軍人は、確認するまでもなく、ウシャス軍幹部のラクラ・トゥエムであった。


「さてさて、何の用件でわざわざやって来たのやら。何にしても話を聞かずに撃ち落とすのは勿体無いな。攻撃をせず丁重に出迎えるよう伝えろ」


「は、はぁ」


 サナミが伝令に回り、軍人たちは戸惑いながらも武器を納めた。『フラッド』よりも青髪の男の方が恐ろしいと判断したのだろう。


 ルクファールは肺の中に深く空気を取り込み、声を乗せて一気に放った。


「ラクラ・トゥエム! 私はお前たちの接近を許可する! この船へ降りてくるがいい!」


 間近にいると鼓膜を破られそうな大声であった。声は確かに空へ届いたらしく、キツネが高度を下げ始めた。


「ここにテンセイはいない。コサメもいない。いるのは私と、それ以外の雑兵だけだ。それでも近寄りたいのならば来るがいい」


 冷笑の混じった言も、間違いなく届いているはずだ。それにも関わらずキツネは一定のペースで接近してくる。――テンセイに近づいた人間はみな無謀になるのだな、とルクファールは密かに笑った。

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