第261話・手
各個人の戦力が数十人の兵に匹敵するという将軍が四人がかりで連携を取り、たった二人の敵を狙っている。その剣幕と実力の差に軍人たちは圧倒され、うかつに加勢することもままならかった。弾丸一発を撃ち込んだだけでも将軍たちの計算を乱してしまうのではないかと思われ、せめてテンセイたちが逃げ出さぬよう道をふさぐことしか出来なかった。もっとも、その大きな要因はヒアクにある。ヒアクは裏では失った部下を想う面もあるが、戦場では限りなく非情になる。不用意にテンセイへ斬りかかり、流れ弾を食らう可能性はかなり高い。
「緊急の報告だと?」
サダムが伝令の軍人に応答した。本来ならば将軍の誰かが間に入るところだが、今は将軍たちの戦闘を邪魔しないため王自らが一介の軍人に言葉を返した。
「よもや、ウシャスが我らに攻めてきたか? その可能性は大いにあると思っておったが」
「い、いえ、そうではなく……港から入った連絡によりますと、我らゼブの戦艦が港を離れたそうです」
「なにっ」
「船の用意のため本隊より先に港へ向かっていた部隊が、出撃の命令を待たずして勝手に船を動かしたらしいのです!」
「どういうことだ。全ての戦艦がか」
「いえ、出港したのは、主力船の一つである戦艦ハイペリオンのみです。ですが複数の兵や重火器の類を搭載し、司令艦よりいくら停止の命令を出してもまったく聞かず……。他の艦を動かして止めようともしましたが、あまりに突然のことで対応が遅れ、今頃はおそらくウシャスの領海へ向かっているかと……!」
ほう、と言ったきり、サダムはしばし口を閉ざした。この出来事は完全に想定外のことであった。原因に心当たりはないかと思案をめぐらせようとしたところに、さらに伝令が刺激的な事実を述べた。
「この連絡を発信してきた者の弁によりますと、何でもその艦には科学者サナギが乗っていたとのことです。いったいいつの間に現れたのかは知れませんが……」
「サナギならそこにおる」
「あ、ならばサナミの方かと……。さらに、サナミは得たいの知れない青髪の男と共にいたとか」
サナミを連れた青い髪の男。その情報は、テンセイとノームの耳にも届いていた。間違いない。ルクファールが目覚めたのだ。しかもルクファールの取った行動は、ゼブの戦艦の乗っ取りであった。テンセイとサダムのやり取りを見ていて埒が明かないと見たのか、ルクファールは自らゼブの船を奪ってウシャスへ攻め込んだのだ。
「ノーム! 港へ行くぞ! あいつが軍を動かしたらマジで止まらねぇ戦が始まる!」
おそらくルクファールは、力づくで強引に軍人を支配し、船を動かさせたのだろう。己が傀儡であったと自覚してもなおこの行動力。もはや世界を服従させることへの凄まじい執念としか言いようがない。
「ああ、こいつらに構ってる場合じゃねぇ! でも、どうやってこっから逃げんだよ!」
「大口開けて会話とは悠長だな」
「ぐっ!?」
ノームのわき腹に、ナキルの蹴りが突き刺さった。鎖と弾丸ばかりに気を取られ、鎖を操るナキル本人の接近に気が付かなかった。鋭い痛みとともに、衣服の凍りつく感覚がノームを襲う。
「青髪の男が何者か知らないが、どのみちウシャスへ攻め入るのならば問題は無い。仮にウシャス側のスパイであろうと、戦艦一つ奪われた程度で我らの勝ちは揺るがないからな。まずはお前たちを始末するのが先だ。王もそうおっしゃるはず!」
動作の鈍った隙に、ナキルは鎖を振るう。手足を拘束し、直後にヒアクの弾丸に撃ち抜かせるつもりだ。
「ちくしょう、コイツらやっぱし強ぇえ!」
叫ぶと同時にノームの体は消失し、数メートル離れた地面から現れた。出来ることならもっと遠くまでムジナを走らせておきたかったが、その余裕もなかった。出現したノーム目掛けてさらに鎖と弾丸飛ぶ。
「どこにも行かせはしない。お前たちはここで朽ち果てるのだ!」
テンセイの方もまた、アクタインの猛攻を振り切れずにいた。背を向けて全力で走れば誰も追い付くことは出来なくなるが、弾丸や鉄輪は追い付いてしまう。フェニックスの恩恵を失った以上、頭を撃ち抜かれては一巻の終わりだ。
「とにかく、コイツらを引き離して港まで突っ走るしかねぇ!」
「テンセイ……」
コサメが厚い胸板から顔を離して口を開いた。それは不安な感情を訴えるものではなく、見逃されたものを指摘する声であった。
「どうしたコサメ。何かいいアイデアがあんのか? まだ危ないから動くな」
「あのね、あの人が……」
あの人とは誰のことを示すのか。サナギではなかった。サナギは自分が標的でないと理解した瞬間に、ノームから離れてちゃっかり避難していた。コサメが呼んだのは、人でありながら人でなくなってしまった者。
ぐああぁぁ……と地響きのような唸りをあげ、黒翼の悪魔ベールが羽ばたいた。サナギの命令を待たず、己の意志で動き始めたのだ。
「クケ、おおベール! お前もしや、私をここから逃がしてくれるのかい」
ベールが命令を待たずに動くのは、主であるサナギかサナミを守る時だけだ。だがベールの剛腕が差し出されたのはサナギの眼前ではなく、テンセイとノームの方であった。
「ベール!? お前、お前、何をしとるんだ!」
驚いたサナギの声などまるで無視して、悪魔は二人の戦士と少女を抱きかかえた。
「どうなってやがる。……そいつらに手を貸すなら、てめぇも同罪だ!」
ヒアクの銃が吼え、ベールの翼へ弾丸を撃ちこむ。だがフェニックスの生命力に加え、人工的に改造された悪魔の皮膚には傷一つつかない。
ぐぅ、うおあぁぁああ。悲痛とも取れる声を撒き散らしつつ、ベールは東へ、海の方へ向けて飛び出した。
「ひぃ、ひぃ、王様王様、わわ私は、私はベールに何も命じてないよ! そうだ、そうだ、アイツらがきっとベールをたぶらかしたんだよ!」
サナギの醜い弁解は、誰の耳にも届かなかった。原因不明の不測の事態は発生したが、現在確定していることは一つだ。
「あの者どもを逃がすな! 早急に後を追うのだ!」




