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第26話・嵐の前

「貴国の領地に交流労働者として派遣されていた我がゼブ国民が、ひと月前、無残な爆殺死体となって発見されたとの報告を受けた。善良なるゼブ国民が、何故このような目に遭ったのか。真相を解明すべく、貴国に出向いて直接話を聞きたい――。以上が、先日ゼブ国から通達された概要です」


 ウシャス軍本部の小会議室。召集を受けたテンセイ、ノーム、レンが横長の机に並んで座り、その正面の議長席にはラクラがついている。そして、テンセイ達と垂直な向きに並べられた席には、気の弱そうな初老の男がうつむき加減についていた。新品なスーツが似合わない、”労働者”然とした雰囲気の男だ。


「ゼブからの派遣労働者? そんな話は聞いたことがありませんが……」


 レンが首をかしげる。ウシャスとゼブは、表向きには直接敵対しているわけではない。しかし、世界で最も勢力のある二大大国であり、しかも両者の力がほぼ拮抗しているため、相手を出し抜こうという思いから何かと対抗意識が生まれやすい状況である。


「我が国は科学技術等も進んでますから、途上国から技術を学びに来る者は大勢いますし、政府も承認しています。しかし、ゼブからの派遣を承認するなど考えられない。もともと広大な領土を持っていたウシャス王国とは違い、ゼブは軍事力による侵略で領土拡大を行ってきた国家です。そんな国から公然とスパイを送り込まれるような……」


「ええ。私と政府も同じことを考えました。しかし、ゼブはさらにこう言ってきました。我々は一年ほど前に承諾の願いを出し、確かに貴国政府から”認める”という返事をいただいた。だから派遣を実行した。と」


「政府が認めたですって?」


「ウシャス政府には全く憶えがなく、過去の記録を探ってもそのような事実はありませんでした。その事をゼブへ伝えましたが、確かに受け取った、の一点張りです」


「バカな。よくもそんな見え見えの嘘を……」


 ゼブの嘘に決まっている。レンはそう吐き捨てたが、その嘘があまりに堂々と言い放たれているため、かえって不気味なものを感じてしまう。


「あ、あの」


 初老の男が手を挙げる。ラクラに促され、かすれた声で話し始めた。


「わ、わたくしは、あの採掘場の管理者なんですが、ゼブ国の人間を労働者として雇ったことは、ありません。ぜったい、です」


「ゼブ国使節と話し合う際には、証言者の一人として彼にも参加していただきます。当然、この事件に関わっていたあなた方もです」


 ラクラがテンセイ達を見渡す。ノームはしばし沈黙した後、おずおずと発言した。


「あの〜、爆殺された労働者って、採掘場にいたゼブ軍人のことッスよね」


「他にいないだろう。軍服を着ておいて労働者も何もないもんだ。現に、テンセイ君はもう一人の軍人と交戦している。どう考えてもあれはゼブ軍からの侵入者だ」


「じゃあ、ゼブは自分達が勝手に侵入して『フラッド』に巻き込まれたくせに、こっちに責任があるだなんて言ってんスか? 厚かましいにも程があるっしょ」


 いまだに敬語覚えぬ口調だが、ラクラもレンも指摘はしない。今はそれどころではないのだ。


「あくまでもゼブの言い分は、”正式に派遣を許可された善良なる国民がウシャスの領地で殺害された”それだけです。」


「完全に話が食い違ってる。それで、直接話し合いをするために使節を送ると言われているんですか」


 おそらく、ゼブの狙いはこれだろう。と、この場の誰もが判断した。領土侵入の罪を転換するためではない。名目はなんでもいいから、とにかくウシャス軍にゼブの使節を送ることが目的なのだ。


「でもッスよ、使節を送るったって、せいぜい政府関係者とその護衛……多く見ても十人前後しか送れないでしょ。たったのそれだけを送り込んで何が出来るんスかね。まさかたったそれだけでウシャス軍と戦うつもりじゃあないっしょ」


「それはわからねぇぞ。連中はあの『フラッド』すら利用しようとしたんだ。なんだってやるだろうさ。オレの村を襲った時も平然としてたぜ」


 テンセイが口を挟む。大きな体を出来るだけ縮めてイスに座っている姿は少々滑稽だが、表情は真剣そのものだ。テンセイは思い出しているのだ。ブルートが見せた、ゼブ軍人の執念深さを。


 一方、それを知らないノームは名案を思いついたかのように声を張り上げる。 


「お、そうだ! あいつら、オッサンとコサメの村を襲ったんだろ。これは完全に向こうの罪だよな。そこんとこを理由にして使節を断れねーんスか?」


 しかし、レンは首を振る。


「残念ながら、あの村を襲ったのがゼブ軍であるという証拠がない。諸々の状況を考えるとゼブのものとしか思えないんだが……よその軍かもしれないとい可能性も0ではないんだ」


「オッサンが見てるじゃん。確かにゼブの軍服だったんだろ?」


「一人、二人の人間が”見た”と言っただけでは、証拠とはならないのですよ。それこそ虚偽だと言われればそれまでですから」


 ラクラにたしなめられ、ノームも口を閉ざした。真実を知っていながらそれが通用しない、というはがゆさを感じ始めたのだ。


 だが、最もゼブとの因縁が深いはずのテンセイは、むしろ平然な表情になっている。この空気の中で、かすかに口の端を吊り上げてすらいる。


「テンセイさん?」


 場違いな表情に気づいたラクラが声をかける。テンセイの吊りあがった口が、大きく開かれた。


「どっちみち、今さらもう断れないんだろ? だったら、堂々とぶつかるだけだ。相手がどんな難癖をつけてこようが、あるいは武力行使に出ようが、これでゼブの目的がハッキリするんだ。オレはむしろ大歓迎だな」


「いいのかよ、オッサン」


「ああ。逆に相手の情報を得るチャンスでもあるだろ。これ以上こそこそとスパイを送り続けられよかぁマシだと思うぜ」


 部屋中を震わす大声で、テンセイは言い切った。その顔は晴れやかに輝いてすらいる。シンプルに生きることを信条としているテンセイにとって、直接対決の場は望むところであった。

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