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第256話・魔王凱旋

 何を信じれば、人は救われるのだろうか。信じる者は救われる、とはよく聞かれる言葉だが、それは実に正しいことだとルクファールは考えている。何も信じない者に救いはない、と言いかえればより納得できる。


 問題は、”何を信じるか”なのだ。他者に全幅の信頼を預けたあげく、裏切られて痛い目に遭うというのもよくある話だ。全てを盲目的に信じれば良いわけではないと幼子でも知っている。他人を信頼したところで、その相手にも個人の都合があり優先すべき事柄が存在するのだ。その相手にとって自分の優先順位がどの程度なのかを把握していなければ世間は渡って行けない。


 では、神を信じるというのはどうか。先に述べた信じる者は救われるという言葉は、主に「私の信じる神は素晴らしい。あなたも信じなさい。そうすれば救われます」という意味合いで使われることが多い。しかし、この神と言う奴もなかなか曖昧な存在だ。なるほど、過去の伝説だの物語の中にはやたらと神、あるいはそれに類する者が登場するが、手放しで信じてしまって良いのか非常に疑わしい。……その良い例に、我々ヒトは神であるフェニックスに見捨てられている。相手が何を考えているのか測り知れないだけ、人間を信じるよりも覚悟が必要だろう。


 ……そうだ、自分を信じる、というものもある。対象が自分自身であるがために、想定外の裏切りに遭う危険性はかなり低いだろう。しかし、そもそも信頼を預けられるほどの価値が自分にあるのか、そこに自信が持てなくては意味がない。疑いと煩悶に悩まされ、救われるどころの事態ではなくなってしまうかもしれない。その点、私は何の問題もない。私は、過去にしでかしたいくらかの失態はあるものの、自分を裏切ったり、また誤った選択をしたこともない。私は私に従ってさえいれば、必ず全てを手に入れられる。


 さて、問題はあの連中……ゼブの王と将軍が何を信じているか、だ。とは言っても将軍たちの方は簡単だ。奴らは王を信頼している。サダムには天性のカリスマがあり、威厳があり、何より力がある。王が右と言えば右、左と言えば左に動くだろう。無論、その前に何かしら言葉を交わしはするだろうが、サダムの決断を最終的に覆すには至らない。唯一サダムの言を翻させることが出来たのは宰相グック……つまり、私だけだ。


 では、サダムは何を信じている。今この瞬間、ヒトが滅ぶか否かを決定づけるのは全てサダムの決断に懸かっている。将軍や軍人が一斉に牙を向けば、いかにテンセイと言えど今度こそは終わりだ。何しろ最後の頼りであるフェニックスの恩恵がなくなってしまったのだからな。もっとも、失う以前までに強化された肉体は、そのままの強さを保っているが。この点については私も同じだ。






 これだけの内容を、ルクファールは一気にまくし立てた。サナミの耳が追い付いているかどうかなど少しも考えず、自分のしゃべりたいだけ勝手にしゃべる。どこまでも唯我独尊な男だ。テンセイに敗北し、利用していたはずのフェニックスに実は利用されていたという事実に対しても、悲観するような様子は全く見せない。


「フェニックスも随分と粋な芝居をやるものだ。これまではフェニックスの傀儡であった私がサダムを傀儡にしていた。だが今は、サダム自身の意思が世界の命運を握っている。サダムが何を信じるか。テンセイの言葉を信じるか、神の力を信じるか……あるいは、ゼブ王の覇者としての力を信じるか」


「はぁ、あの、その……」


 長々と演説を聞かされているサナミは、適度に相槌を打つ意外になにも許されていない。少なくとも大人しく演説を聞いている分には、怒りの矛先を向けられずに済むからだ。


「しかし、テンセイと言う奴も随分と不幸な星の元に生まれた男だな。平穏に過ごしたいだけの男が、いつの間にやら全人類を運命を背負ってしまっている。いやはや、もはや同情する言葉の一つでも投げてやりたいところだな」


「クケェ……」


「フフ……。私がその気になれば、あいつを救ってやることも出来る。私はゼブの連中をよぉーく知り尽くしているからなぁ。奴らの心をどう刺激すればどのような反応をするのか、あらかた把握している。フェニックスの力を失ったせいで姿を転生させることは出来ないが、テンセイ達の話を裏付ける根拠を示すには十分だ。なんなら、あそこに群がっている兵どもを一分もかからずに片付けることも可能だが」


 ルクファールのこの言葉で、サナミは目から鱗を落とした。


「そ! それならば、その……もしかして、手を貸して、いえ力をお貸ししていただける、けるのですか? クケクケ、フェニックスの思惑通りに事が運んでは、では、貴方様のご気分も晴れぬでしょうし……。昔の敵はなんとやらと言うことですし」


「面白いだろう? 神のシナリオを、私の手で覆してやるのだ。そのためにテンセイに協力……」


「おお、おお! それではきっと、きっと、何もかもが上手くいくでしょう!」


「するわけがない。この私が、よりによってテンセイに手を貸すだと? そんなことはあり得ない。フェニックスの計画をブチ壊すという点では共通しているが、それだけだ。私の目的は、全ての生物に夢を与えてやること。この私を信じ、私を崇めることで至上の幸福を得ることが出来る、そんな夢を与えてやるのだ」


 この男を前に、たとえ一瞬でも”改心”という単語を思い浮かべたことをサナミは悔やんだ。


「ヒトが全て滅んでしまうのは困る。私に従わない背徳者が消えるのは結構だが、私を崇める者までいなくなっては意味がない。だが、仮に戦争が起きたとしても、瞬時に全てが滅ぶわけではないだろう? ゼブが次々とヒトを駆逐していく過程で、颯爽と現れた私がゼブを倒す。そうすれば残ったヒトはみな私を崇める。……なんてことはない。私がずっと前から描いていた計画が、より実現に近付いただけではないか」


 自分自身がフェニックスを失ってしまったことが最大の計算外であるが、ここまで来たらそれも必要ない。ルクファールはそう言って高らかに笑った。

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