表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
255/276

第255話・再臨

「クケケ……何やら、やら、面倒なことになってるようだねぇ」


 思考渦巻く広場をレンズ越しに眺めるのは、言うまでもなくサナミだ。弟のサナギやウシャスの三人が敵陣(サナギとサナミにとって、もはやゼブは最大の恐怖の対象である)に飛び込んだ中、サナミはルクファールの見張りのために高台に残されていた。本来の姿に戻ったルクファールを連れていったところで、それをグックの正体だと話せばより事態が厄介になると判断したからだ。しかし完全に放置しておくにはあまりに危険な存在であるため、見張りの役としてサナミが残ることになった。


「ああ、アタシの可愛い弟サナギよ。どうか、どうか、お前だけは無事に帰ってきておくれ。お前はこの世界でただ一人の、の、大事な肉親なんだからね。お前が死んでしまったらアタシも生きて、生きてはいられないよ。どうせ死ぬなら、なら、世界の謎を解き明かした後にしておくれ」


 最後の一言と、他の連中はどうでもいいということさえ示していなければ泣かせる台詞である。


 しかしサナミの位置からでは、サナギ達の姿は見えるが声は聞こえない。ただ遠巻きに観察する限り、やはり状勢が良いようには見えない。今にも将軍か周りの軍人たちが武器を突きつけるのではないかと思うと気が気でない。かと言って何かを出来るわけでもなく、ただ双眼鏡にかじりついて事態を見守るしかない。


「まったく、何故アタシ達がこんな危険な目に遭わなければならないんだい。アタシらは、ただ、ただ、綿密な調査と研究によって、よって、世界の謎を一つ一つ解き明かしたいだけの、だけの、善良な人間だってのに……」


 ブツブツとつぶやきながら、事態を逐一観察する。今この間にどこかへ逃げてしまおう、とも考えたが、頼りのベールは敵陣にある。老科学者は一人で砂漠をさまようにはあまりにか弱いため断念せざるを得ない。


 あまりに熱心に観察を続けていたため、サナミは己の役目を忘れていた。魔王ルクファールを監視するという役割を完全に放棄していた。そのため、男が薄く目蓋を開いたことにも気が付かなかった。


(まるで死人のようだな……)


 ルクファールの体は大きな布で包まれ、砂漠の日射を直接浴びないよう工夫がされていた。それによる身体の不自由がルクファールにそう思わせた。意識が覚醒するにつれて拘束する布は羽のように軽くなり、両手を使って簡単に抜けることが出来た。だが目蓋は薄くしか開くことが出来ない。ゼブの太陽は眩しく、いきなり目に入れるには毒だ。徐々に光に目を慣らしつつ視野を広げていく。


(風が熱い。……静かな闘志がいくつも渦巻いているな。かすかな火種が落ちればただちに周囲を焼き尽くすほどの熱気が、風に潜んで流れてくる)


 肌で気配を感じつつ、目を開く。眼前に広がるのは、見なれたゼブの荒野。そして自分の背後にサナミがいることは少し前から気付いていた。だがサナミの方は全くこちらに気付いていないようだ。それ以外に人の姿はない。人間はおろか、この荒れた地ではいくらかの小型生物ぐらいしか生息していない。ひとまず、手近な生物に話しかけることにした。


「サナミ。他の連中はどこへ行った」


「ひっ!?」


 サナミはバネ仕掛けの人形のように跳び上がり、恐る恐る振りかえった。恐怖と驚愕が入り混じった、実に醜怪な顔だ。寝起きに見るには相応しくないものだが一々咎める気にもならない。


「これ、これこれ、これは、よくぞ……」


「無駄な口を叩くな。お前に好き勝手しゃべらせておくと話が進まない。私の質問に答えろ、サナミ」


 さすがにルクファールは科学者の扱いを心得ている。


「他の連中はどこだ。サナギは当然だが、お前たちはウシャスの奴らとも共に行動しているだろう」


「クケ? なぜ、なぜそのことを……?」


「答えろ」


「クケェ……。弟とあいつらは、は、ほら、あそこにおります。貴方様の目なら、なら、双眼鏡を使わずとも見えるでしょう」


 サナミは眼前に広がるフォビアの広場を指さした。ルクファールが高台の縁に立ってそちらを眺めると、確かに目的の人物がいた。そしてゼブの王と将軍達も。だが何よりも優先して確認したのは、コサメの首に『紋』が残っているかどうかだ。角度の関係でやや判別しづらいが、見える限り、フェニックスの気配は感じられなかった。


「やはり、フェニックスは一つに還ったか」


「その、ええ、その通りで……」


「フェニックスは還った。今度こそヒトの手の届かぬ場所へ、な。だが蘇生させられたゼブの王はそれを知らず、居もしない神を求めて、また覇者としての欲求で、ウシャスを攻め落そうとしている。ゼブとウシャスの抗争が始まれば数々の小規模な混乱をも巻き起こし、『紋』という不相応な力を与えられたヒトは徐々に破滅の道をたどる」


「クケケ、そんなところまで、ご、御存知で……? 今までずっと眠っていらしたのに」


「この体からフェニックスが抜け出る際、全てを教えてくれた。……私が傀儡であったと、奴は確かに言い放った。すべてを支配したつもりの愚かな道化だ、とな」


 ルクファールの声色は低く、感情の見えない平淡さを装っている。だがサナミには……いや、サナミでなくとも、この男が非常に不機嫌な状態であることは容易に汲み取れる。わずかなきっかけで瞬時に戦乱を引き起こす、というのはこの男にこそ相応しい。今は不機嫌な状態で留まっているが、爆発の火種はいくらでもある。


「実に滑稽で、どうしようもなく最低な芝居だな。お前もそう思うだろう? サナミよ」


「ひっ」


「フェニックスが私を操作し、私がサダムを操作し、今そのサダムがフェニックスに選ばれた戦士としてヒトを滅ぼそうとしている。最もあいつは今になってもその自覚がないだろうがな」


 サナミは一人だけ安全な場所にいたはずが、世界で最も危険な場所へ入り込んでしまった。結果的に双子の姉弟は揃って冷や汗と震えの症状に襲われることとなった。


「サナミよ。何が正しいのか、何が嘘なのか、明確な根拠がない場合、人は何を信じればよいのか。この物語の結末は、そこに懸かっているなぁ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ