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第253話・偽証

 問題は、サダムたちの記憶がどこまで残っているかだ。おそらく、サイシャの島でテンセイや『フラッド』と戦い、その命を散らしたことは覚えていないだろう。ヒトの滅亡のために彼らに必要とされているのは、絶対的な力と自信だ。それはヒトという生物全てを破壊し尽くすまで決して立ち止まらない、強い意思を生み出す。奢りと欲による暴走。フェニックスの思惑では、ヒトの悪しき心によるヒトの滅亡――自業自得の破滅こそが最高のシナリオなのだろう。それを実行するために、サダム達に敗北の記憶などあってはならないはずだ。無論、アクタインだけは例外だが。


「わ、私は、は、この娘を、を、自分の研究所において、おいて、観察していたんだよ、だよ」


 この告白は、サナギの人生において最大の綱渡りであった。相手がどこまで記憶を残しているのか、そしてフェニックスについてどれだけの情報を持っているのか全くわからないまま話を進めなければならないのだ。真実をそのまま伝えればそれでいい、とテンセイは言っていたが、サナギにそれが出来るわけがない。


(言えるわけない、ない。ゼブの王と将軍が、が、総出でフェニックスを探しに行って全滅した、した、だなんて。そんな事を口走ろう、ろうものなら、即座に私の首が胴から、から、切り離されてしまうよ。ここの兵どもは病的に、に、王を崇めてる奴らが多いからね)


 将軍が全滅した。王が一人の軍人に敗北した。宰相グックが偽物だった。フェニックスは一つに戻ったが、その真の目的はヒトを滅ぼすことであった。どの事実もあまりに現実味がなく、苦し紛れの嘘と認定される危険性は非常に高い。軍人に囲まれたこの状況下で、敵国に味方して王の名を(おとし)める罪人と見なされてしまえば一巻の終わりだ。


 真実を告げず、フェニックスが消えたという事実だけを説明しなければならない。そのために嘘のストーリーを語ることも仕方ない。だが、サダムの記憶と自分の話す内容に矛盾が生じるとこれまた厄介なことになる。


「わ、私が、この娘を研究所に連れて、れて行ったことは知ってる、てる、だろう? そこでまずじっくりと観察して、して、次に様々なデータを……」


「その観察の段階で逃げられた、と報告に聞いているが? われわれが処分し損ねた、そこの二人によってな」


「ひっ、実は、実はね、その後、ウシャスまで逃げられた後、私はもう一度この娘を捕まえたんだよ、だよ。ウシャスに忍びこんで、こんでね。私がウシャスへ忍び込むための、ための、船を持ってることは知ってるよね?」


 その船は実際にはテンセイ達に与えられ、彼らがゼブを脱出する際に使われたままウシャスの港に停泊している。しかしサダムを納得させられるだけの話を演出するためには仕方がない。黒翼の悪魔ベールは日中だとかえって目立つため潜入には向かず、船を使ったとして真実味を持たせるのだ。事実、グックに扮していた頃のルクファールもこの船でウシャスへ渡ったことがあり、軍人レンを己の支配下に置いたのはその時だ。


「ふむ、確かに、以前そのような話を聞いたことがあるな。その行為の動機は研究への執着か、それとも己の失態を償うためにあえて敵地へ乗り込んだのか、……ぬしのことだから前者であろうな。だがそれはどちらでも良い。しかし、なぜそのことを余に報せなかった?」


「それは、それは……後で教えた方が、びっくりするかと思ってねぇ……。一度失敗をやらかしたし、し、大口叩くより先にやるべきことがある、ある、と思ったんだよ。もちろん、王様の言う通り、通り、もっと早く研究をしたかった、ってうのもあったけれど……」


 ウシャス内部に裏切り者がいるということを知らなければ、サナギは本当にこの動機でウシャスへ潜入していただろう。新たに幹部ヤコウを味方に引き込んだルクファールがそれを止めたため実現はしなかったが。


「そしたら上手い具合に『フラッド』の連中が、が、ウシャスを襲撃してたんで、その隙に乗じて娘を奪い取ったんだ、だよ。クケ、ケケケ。だからウシャスは、は、結局『フラッド』の一人も倒せないままんで終わっただろう?」


 それはサナギにとって都合のいい結果だが、それを近くで聞かされているノームの胸中は穏やかではない。


「それで向こうに隠してあるもう一つの、の、研究所で娘の『紋』を調査しようと色々手を尽くした、したんだけど、そこでこの不思議な現象が起こった、起こったんだよ」


「ほう」


「さっき王様も見た通り、娘の『紋』が消えちまったんだよ。いや、いや、最初はあったんだ。だけど『紋』の周囲に調査用の器具をつけて、つけている途中、いきなり『紋』が光だして……。あの伝説の霊鳥、フェニックスが現れたんだ」


 フェニックスの中が出たことで、将軍たちがかすかにざわめいた。


「ぬしは、あのフェニックスを見たと申すのか」


「あ、いや……正確には、には、フェニックスの……なんというか、ちっこい欠片みたいなもんだけどね。それが娘の体から抜け出して、して、どっかに行ってしまったんだよ」


 以上が、咄嗟にサナギの考えた嘘の物語である。自分たちがサダムたちに監視されていないことを良いことに作り出された、「コサメがフェニックスの力を失った」ということを導くためのデタラメだ。一気にしゃべってしまったが、苦しい点は多い。とにかく自分の手で『紋』を移植させたわけではないと理解してもらえればそれで十分だった。


「……お前たちはどう思う」


 サダムが問うた。無論、お前たちとは将軍のことである。


「まぁ、疑おうと思えばいくらでも突く場所はあるな。何だかんだ言っても、コイツが『紋』をどこかに移植したって可能性はゼロじゃない」


 ヒアクが真っ先に指摘し、サナギの肩を震わせた。


「ヒアクの言う通りですな。この男の話は、大事な部分で根拠が抜けている」


「強いて言うのならば……自らの意思で我々の前に現れ、その話を持ち出したことでしょうか」


 やはり旗色は悪い。サナギは元々小さい身をさらに縮めながら、テンセイの助け舟を待つしかなかった。

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