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第252話・罪

 ベールが高度を下げるにつれ、その存在に気づいた軍人たちの間にざわめきが走る。軍人たちは眉を潜め、それでもベールの着地場所を作るべき広場の中央から退いた。


「これから出陣って時に、何の用だ」


「さっさと帰ってくれるといいけどな」


 大きな声ではないが、そこかしこから非難の声が上がる。一般の軍人たちの間でもサナギたちの評判は悪い。言動が気に入らない、ということが主な要因だが、『フラッド』が元サナギの実験体であったことも影響している。『フラッド』によるゼブ一隊の壊滅に関して、サナギの逃がした実験体のせいで軍が犠牲を被ったのだと捉える者は少なくない。


 だが、軍の人材もまた十人十色。ごく一部ではあるが、サナギを肯定する者もいる。この広場にもその手の者がおり、黒い悪魔の接近を見守っていた。


「おい、誰だあれは。あの背中に乗ってるのはサナギだけじゃないぞ」


 兵の誰かがそのことに気づき、周囲の者が改めて目を凝らす。サナギを肯定する男もそれに倣い、ベールの背中あたりに視線を注ぐ。そして見憶えのある姿を捉えた時、思わず怒りの籠った声を漏らした。


「アイツ……!」


 一方、王と将軍はより早い段階から闖入者の気配に気付いていた。しかしベールの体勢の都合でハッキリとその姿を見ることは出来ず、また正体が判明する前に特別な対処をしようともしなかった。それはサナギに対する信頼によるものではなく、例え何者が現れようと問題なく処理できるという自信からくるものであった。


「王様、様、しつしつ、失礼するよ……!」


 ベールの上からサナギが顔を出し、サダムに声をかけた。


「何用だ。普段より口調が酷くなっておるが、どうした」


「ひっ、ひっ、その……。王様に会わせ、会わせたい人がいて、いてね……」


「構わん。降りて来い」


 誰に対しても無礼講なサナギが妙に弱気になっていることに違和感を覚えつつ、ベールの着地許可を出した。悪魔は鉄仮面のような顔をサダムに向けたまま下降し、四肢を地につけた。


「ほう……。これはこれは、何とも珍しい客を連れてきたものだな。……アドニス、アクタイン。先ほどの賭けは余の勝ちということになったな。もっとも敵陣の中央に送り込んでくるとは思いもしなかったが」


「……そのようですね。しかし、どの道賭けの賞品を先に決めていなかったので無意味ですよ」


「ハハ、そうであったな」


 王の口は笑っているが、目は笑っていない。そこに現れた男――テンセイと、その腕に抱かれたコサメを強く睨みつけている。ベールの背から降り立ったのは、テンセイとコサメ、それにノームとサナギだ。サナミはルクファールとともに高台に残っている。


「勇敢なるウシャスの軍人よ、よくぞ参った。名は確か、テンセイとノームであったな。よもやこのような形で再び相まみえるとは、実に愉快な巡り合わせもあったものよのう」


 サダムの口ぶりはテンセイの記憶にあるものと全く変わりない。外見も、雰囲気も、彼らが没する以前のものが完全に再現されている。アクタインについても同様だ。ノームもナキルに対して同じ意見を抱いていた。ヒアクとアドニスの二人はどちらもあまり印象にないが、以前このフォビアの宮殿で見かけた時と比べても変わりないように見える。


「ゼブ王、サダム。……あんたに話がある」


 開口一番、テンセイは言い放った。一個の軍人が大国の王に向けるにしてはあまりに無礼な言葉を。軍人たちの間に緊張が走る。だが王と将軍は動じない。


「話、か。フハハハ、うむ、話ならばいくらでも聞いてやろう。それがウシャスの望みとあらばな」


 王の声は低く、あくまでも余裕を感じさせる。だがこの男が本心ではそれを少しも楽しんでいないことを、拳を交えたテンセイは本能で感じ取っていた。


「しかしウシャスも物分かりが良いですな。さすがは東の大国と言ったところでしょうか」


「被害を最小に抑える最良の手段ってか。まぁ確かにこれしか方法はねぇよな。ゼブと戦争して国を滅ぼすぐらいなら、少女一人差し出した方が遥かに軽く済む」


 アドニスとヒアクが続けて発言する。コサメを伴って現れたウシャス軍人を見て彼らが解釈したのは、ウシャスの降伏宣言であった。フェニックスを宿す少女コサメを渡すことで侵略を免れようとしているのだと思いこんでいるのだ。それは当然の判断だろう。軍人二人だけでゼブ軍の中央に飛びこんできたのでは、誰もがそうとしか判断を下さない。


「かつては武勇で身を立てたウシャス国も、長き平穏の末に闘争の心を忘れたか。民を守るその心意気は結構だが、その代償に何を失うか理解できぬとはな……」


 サダムの心中を占める感情は、おそらく落胆であろう。戦争を起こさずに勝利すればゼブ軍も被害を出さずに済むが、覇者としてのサダムの感情はそれを望んでいない。それを慰めるわけではないが、テンセイは言わざるを得なくなった。


「オレたちはそんなつもりで来たわけじゃない。コサメは絶対に渡さない」


「なに……?」


「フェニックスの力は、もうウシャスのどこにも存在していない。それを伝えに来ただけだ」


 沈黙。複雑な静寂が広場を包んだ。沈黙の中でテンセイはコサメの後ろ髪をかきあげ、王と将軍へ示した。そこに『紋』は存在していない。アドニスが息を飲んだ。ヒアクとナキルも目を見張っている。アクタインは変わらず表情を固くしている。やがてサダムが沈黙を割った。


「サナギよ、これはどうしたことだ?」


「ひっ!?」


「その者にあった『紋』をどこにやったのかと聞いておるのだ。『紋』の移植技術は己しか持っておらぬと豪語しておったのは誰であったか?」


「ひっ、それは、それは……。その、こ、この娘にあった『紋』は、本当に消えてしまいまして……」


「詳しく話せ。その真偽は聞き終えてから判断する」


 サダムに睨まれたサナギは、さながら勝ち目のない裁判に出された被告人のようだ。あるいは教師に成績の不出来を指摘された生徒か。どちらにしても哀れだが、それでもサナギはポツリポツリと話始めた。

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