第251話・賭
「王、いよいよこの時が来ましたな」
自身の周囲に冷気を発生させる『紋』を有し、凍鎖の異名を持つ将軍・ナキルが口を開いた。
「ゼブの歴史の中においても、他に例を見ないほど最大規模の戦争。この戦いに勝利すりゃあ、もうゼブに向かう敵はないな」
機械で武装し、『フラッド』のフーリを仕留めた将軍・ヒアクも乗じて言葉を発した。この男はやはり機械仕込みの鎧を着用している。しかし『フラッド』と戦った時と比べてやや形状が異なっており、いかにも旧式という印象を受けた。さすがのフェニックスも破損した機械鎧までは再生できなかったのだろう。
「ウシャスに眠る神の力……気がかりはそれですな。これまでは我々ゼブがウシャスを出し抜いてきましたが、いざ実力行使となると向こうも全力で抵抗するでしょう。神の力が加わるとなると相当厄介になると思われる」
「なに、目的のフェニックスが前線に出てきてくれりゃあ、こっちも探す手間が省けるってもんだ。オレとしちゃ、神の力がウシャス領から外に逃げ出しちまうことが一番厄介だね」
「神の力を戦力として持ち出すか、守るべきものとして隠し通すか。敵方の意向次第では戦が長引く恐れもあるな。お前はどう見る? アドニスよ」
ゼブ随一の剣士と名高く、一時的にテンセイの仲間となったバランの師匠でもある将軍・アクタインまでもが会話に参加し、アドニスへ意見を求めた。年若く女性に似た容貌ながら鋭利な鉄輪を使いこなす将軍・アドニスは物静かな口調で答える。
「そうですね……ここで詮索しても仕方のないことですが、後者の方を推すことにしますか。フェニックスの力を宿しているのは幼い少女……以前ウシャスの軍人とともに捕らえたあの少女なのでしょう。ウシャスの動向を見る限り、そういった者を前線に送るようなことは望まないと思いますが……」
「フッ。甘い男よの、アドニス」
ここでようやくサダムが会話に参加した。
「ウシャスとて、所詮は武力で己を守る国よ。いよいよとなれば容赦なく牙を剥く。追い詰められた獣ほど行動の読めぬものはおらんぞ」
「では……王は、ウシャスが少女を前線に出すとお考えですか」
「賭けてみるか? アドニス。報告によると、『フラッド』がウシャスの支部を襲った際にも戦場にその少女の姿があったそうだが」
「おや、王は我らゼブ軍と『フラッド』の力を等しく見ておられるのですか。その戦、ウシャスは『フラッド』の誰一人を倒すことも出来ず、事実上は敗北に近い結果だったでしょう。フェニックスを前線に持ち出すことが必ずしも戦力の強化になるわけでないとしたら……」
「ハハッ、詮索しても仕方ないと言った奴が一番ややこしく考えてやがる」
ヒアクが茶化すように笑うと、王とナキルもつられて笑った。
「酷いですね。先に話を振ってきたのはあなた達なのに」
アドニスも力なく微笑を浮かべるが、アクタインだけが固い表情を崩さなかった。
「だが、それもなかなか面白い意見よのう。どうだ、他の者も賭けに乗らんか。ナキルは前線投入に一票を入れていたな。ヒアクはどうだ?」
「オレも断然、そっちに賭けますね。まぁ正直なところを言うと、あちこち探し回るのが面倒だから前に出ていて欲しい、っていう願望ですけど。世界中あちこちが開発されてる昨今、人間一人を隠そうと思ったらいくらでも手段はありますからね。ってなわけで、王やナキルに同意したいね」
「全く酷い先輩方ですね。みんながそちらに賭けてしまっては私が孤立してしまう」
再び笑いの声があがる。その中でアクタインが静かに発言した。
「私はアドニスの意見……ウシャスがフェニックスを隠すであろうと予測する」
「ほう」
「……いや、これも予測というより願望だ。女子どもに戦場に立たれてはやりにくい」
「なるほど。根っからの武人は目の付けどころが違うな」
ヒアクの言葉が素直な感想なのか、それとも皮肉なのか。どちらにでも捉えられるが、特にヒアクがアクタインに悪意を抱いているわけではないとこの場の誰もが知っていたため、この言葉は聞き流された。もっともヒアクやナキルや任務遂行を第一に考える軍人であり、アクタインは己を高めることを目指す武人であるという認識は間違っていない。
「フフン、全く奇妙な縁もあったものだな。一度は手中に収めた神に逃げられ、再び手に入れるために大規模な戦を起こすこととなった」
「ま、元々遅かれ早かれウシャスを攻めるつもりだったから、ちょうどいい口実と言うかきっかけになったとも言えるな。……『フラッド』の連中も含めて打倒する絶好の機会だ」
「『フラッド』……。あのような下賤な連中にまで力を授けるとは、神とやらは相当酔狂なのかもしれぬな」
「フッ、神の気まぐれ、か。そこに如何なる意図があろうと、我らゼブは奪い取って力に変えるだけだ」
王は決意を胸に、ゼブ国の高く乾燥した空を見上げた。つられて将軍たちも空に視線を向ける。その全員の目に、悠々と空を飛ぶ異様な黒い物体が映った。
「しばらく姿を見せぬなと思うておったが……やはり嗅ぎつけたか」
「科学者風情が今更何の用だ? まさかアイツら、フェニックスの力を間近に見たいから同行させろって言うつもりか? 前に一度捕まえたのを逃がしたのはアイツらの不手際のくせに……」
ヒサクが明らかに嫌悪の色を浮かべて吐き捨てた。ヒアク自身も機械設計や開発に関して高水準の知識や技術を持っている科学者なのだが、普段の素行や研究手段および外見がとにかくえげつない双子の科学者を激しく嫌っているのだ。ただしヒアクに限らず、将軍たちは皆サナギとサナミに対して良い印象を抱いていない。
「こちらに向かって降りてきますね。……あの乗り物だけ兵器として貸していただければ、こちらも助かるのですが」
「あんな薄汚ないモンなんか乗りたくねぇ」
漆黒の悪魔ベールは、徐々に高度を下げながら王達へ迫ってくる。腹這いに近い姿勢で飛行しているため、その背中に乗った人物の姿は見えない。だがそこにいるのはサナギとサナミだと誰もが思っていた。