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第250話・駒

 戦士は、何を求めて武器を取る。学者は何を求めて事象を測る。技師は何を求めて工具を振るう。語部は何を求めて言葉を紡ぐ。……ヒトが求めるものは何だ。力か? それは何を成すための力だ。誰かを傷つけるためか。誰かを守るためか。誰かを守るために誰かを傷つけて、満足から来る幸福を得るのは自分か?


 ヒトは神になど成れはしない。言葉の上では誰もが理解していることだ。それなのにヒトは高みを目指す。清く、正しく、潔く……? 中には神仏を崇め、神の教えを世のヒトに広めようとする者もいる。当人たちは神の使いにでもなったつもりで、祈りを捧げたるなり己に節制を課すなり修行を積んでいたのだろう。その行為は大いに結構。だが根本的な間違いを起こしている。いくら神に仕える素振りをしていようと、その者が他のヒトよりも神に近い所へ行けるわけではない。ヒトはヒト。いくらか個体差があろうと、神の目から見れば全て同じだ。


 神に出会い、その力を受けていたテンセイとて例外ではない。神の真意を知っているからといって、それだけで大事を成すことは出来ない。目的も手段も己の手で探し出し、掴まなければならない。


「ただ一つ。一つだけ、ゼブ軍を止める方法……いや、希望がある」


 高台の上から再び双眼鏡で広場を眺めつつ、テンセイがぽつりとつぶやいた。


「マジかよ! そんなのあるんだったらもっと早く言ってくれりゃあいいのに」


 ノームがやや安心したような口調で返す。ノームも自分なりに精一杯知恵を絞ってゼブを止める方法を考え、一向に答えが出ないことに困惑していたのだが、テンセイにこのような事を言われると安堵の息をつかずにはいられない。


「で、どうすんだよ」


 単純に力づく、ということはないだろう。いくらテンセイがシンプルな手段を好むとはいえ、さすがにそれはない。となると、ノームでは想像もつかないような、相手の意表を突く上手い策でも思いついたのだろう。


 しかし、テンセイの口から出たのはノームの予想を裏切った。


「単純に考えりゃいい。……王と話して戦争を止めさせる。それだけだ」


 意表を突かれたのはノームの方であった。確かに話し合いで済めば問題は起こらない。……だが、話し合いで済まないような事態だから問題になっているのではないか。


「話し合うって……。あの連中は戦争やる気満々なんだろ。例えフェニックスのことがなかったとしても、元々あいつらは戦争で数々の国を潰してきた連中だぜ。フェニックスはもういないから諦めてください、なんて言っても通じねぇと思うけどなぁ……」


「オレも最初はそう思ってた。ゼブは暴力の塊みたいな集団で、とにかくケンカを吹っかけたがるような奴らだってな。村を焼き討ちされた時からずっと、本当にそう思ってた。だけどあの将軍……アクタインと戦ってみて、全員が全員そうでないとわかった。あいつらの中にもれっきとした武人がいるってことがな」


「アクタインって……。ああ、あの小僧の師匠か。オレは直接戦ったことがねぇからわからねぇけど、あの小僧があんだけ信頼してたのを見ると、確かにそうかもな。そういやオッサンと戦った王様もそんな印象だったな」


「クケ、ケ、何を言うのかと思えば、まったく、まったく、呆れた美談だねぇ。相手の騎士道なり紳士道なりにつけこむってのかい?」


「暑っっっ苦しい漢心にでも期待するってのかい、かい。非科学的な幻想もここまで来ると、と、滑稽極まりないね」


 サナギとサナミは他にも延々と批判を垂れ流し続けたが、いい加減慣れてきたテンセイとノームの耳は完全にシャットアウトしていた。唯一コサメだけが、奇怪な双子の姿に興味を持って耳を傾けている。当然言葉の意味はあまりわかっていないのだが。


「話すっつっても、何を話せばいいんだ? フェニックスがいないってこを信じさせればとりあえず戦争は回避できるだろうけど、どうやって証明しようか。コサメの『紋』がなくなったことを示せばいいのかな」


「それが一番手っ取り早いな。それで信じてもらえればベストだ。だけど、フェニックスの『紋』は神の力だ。何らかの形で外見から隠したり、他の人間に移し替えたりしたんじゃないかと疑われる可能性が高い。……おあつらえに、ゼブは人工的に『紋』を移植する技術を知ってるからな」


 その原因である双子は耳も貸さずに批判を続けている。散々振り回され続けた上に結局フェニックスの研究が出来なかったことで相当ストレスがたまっているようだ。


「それでも他に手はない。ゼブ王サダムと将軍を信用させれば、それでゼブ軍は止められる。そこに全てが掛かっている」


「……そうだな。うん、オッサンなら大丈夫だろ。あの王様も、戦った後でオッサンの傷を治すほど潔い男だったし。オッサンの言うことならあいつらも信じるかもしれねぇ」


 そう言ってノームは笑った。心の底から安心した笑みだった。が、それを許さない声がすぐに飛んでくる。


「バカ、バカ、バカ。さっき言ったばかりのことを、ことを、もう忘れたのか。あそこにいる王や将軍が生前と全く、く、同じだとは限らないだろう。記憶がどこまで残って、残っているかも怪しい。もしかしたらお前たちのことなんて、なんて、全く覚えていないかもしれない。ウシャスのスパイが潜りこんできたと思われて処刑させるのは目に見えてるねっ!」


 さすがにこの言葉までは拒絶できなかった。そうだ。話し合いが不可能ということを印象づけたのはそもそもこの不安があったからではないか。今広場にいる王や将軍は、いわばフェニックスにより破壊の義務を与えられた兵士だ。戦乱の種火を撒くことを義務付けられたルクファールが結局その役目から逃れらなかったことを考えると、非常に危険な存在であることは否めない。


「フェニックスは本心を剥き出しにした、した。もう何も手加減する必要は、は、ない。どんな手を使ってでも、でも、戦争をさせようとしているはずさ」


「やかま……」


 しい、と言おうとしたが、ノームは動きを止めた。テンセイが立ち上がり、ベールに近付いて行ったからだ。

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