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第25話・軍の世界

 意識を取り戻した後も、テンセイはさらにひと月の療養を強いられた。もっとも、本来なら半年以上は安静すべき傷だったのだが。ひと月の後にようやく本部内の徘徊を許可され、テンセイはコサメを伴って治療室を出た。


「きょうは一日中テンセイといっしょにいてもいいんだって」


「ラクラ隊長が言ったのか?」


「うん。おねーちゃん、かいぎがたくさんあるんだっていってた」


 テンセイ達が採掘場に向かっている間に、コサメとラクラの仲もずいぶんと親密になったらしい。


「ね、テンセイ。どこいく?」


「久々にノームの奴に会うかな。あいつも絶対安静が解けたらしいからな」


 入隊時にテンセイとノームは二人部屋にあてがわれていたが、そこにはノームはいなかった。


 ノームは、本部内の道場にいた。レンと話をするために。道場内ではやはり数人の軍人がストレッチやトレーニングに励んでいる。


「……なぁ、レン先輩。アンタにひとつ聞きたいことがあんだけど」


「ん?」


 ノームの傷は比較的浅く、すでに完治していた。レンの方はリークウェルにつけられた傷がまだ癒えきっておらず、体のあちこちに包帯が巻いてある。


「オレさぁ……。この間の任務に出発する前によォ、あるウワサを聞いたんスよ。とっても重要なウワサを」


 もったいつけるように、ゆっくりとノームは語る。言葉は軽いが口調が重い。深刻な問い詰めであることを示していた。


「ウワサ? どんなウワサだ」


「『フラッド』のことッスよ。あの『フラッド』が、オレ達の派遣された北の採掘場近くにいるってウワサを聞いたッス。そしてそれは事実だった」


「ふむ……。確かに事実だったな。それで?」


 レンはあくまでも冷静に答える。汗一つ浮かべないその態度が、ノームの陰の表情をますます濃くする。


「大変なことじゃあねぇか。あの『フラッド』が近くにいるなんてよ。そんな情報があるんだったら、何かしら対策を打つべきじゃあねーのか? 現にオレ達はアイツらのせいで死にかけたんだぞ」


 完全にケンカを売るような口調になった。だが、それでもレンは動じない。


「情報があれば、だろう」


「なかったとでも言うつもりか? おい。オレがこのウワサを聞いたのはここでだぜッ!」


 周りにいた軍人たちが何事かと振り返るが、ノームはかまわず声を荒げる。


「この道場で聞いたんだ! 『フラッド』のウワサをよ。つまり当然、この軍には情報が入ってたってことだぜ!」


「……」


 レンは黙って軍人たちの顔を見やる。その中の一人が、合った目をすぐにそらした。レンはそれを見逃さず、鋭い言葉を投げかける。


「……しゃべったのはお前か」


「い、いや……」


 軍人は目をそらしたまま答えるが、ノームが追い打ちをかけた。


「ああ、思い出した。確かにアンタだ。アンタが他の軍人と話しているのが、偶然耳に入ったんだよ」


「う……」


「フン。過ぎたことは仕方あるまい」


 レンが再びノームの方に向き直る。


「ノーム君、君の言う通りだ。確かに我々は事前に『フラッド』の情報を持っていた。そして、それをあえて君たちに伝えなかったことも含めて認めよう」


 ちょうどこの時、テンセイとコサメが道場に現れたのだが、誰一人としてそれに気づかなかった。テンセイ達も重苦しい空気をなんとなく感じ取り、黙って静かにレン達へ近づいて行く。


「『フラッド』が近いことを知っていながら、あえて三人だけで任務に向かった。……いや、知っているからこそ三人だけで向かったのだよ」


「あ? あの危険な集団に対して、わざとたった三人しか送らなかったってのか? 最初っから大勢派遣しといたほうが安全だろーが! どう考えても三人じゃあ太刀打ちできねぇ。実際にそうだった!」


 ノームは激昂するが、かえってレンは余裕を見せる。


「もう少し深く考えられないか? そんな危険な連中の近くに、数十人からなる軍隊を派遣してみろ。それこそ連中を刺激することになる。むやみに数を増やしたところで通用するような相手ではないしな。それに加えて、元々の任務の性質上、少数の方がやりやすい」


「そりゃ……そうだが」


「可能な限り、『フラッド』を刺激するというリスクは避けたい。少人数なほどリスクは低くなる。そして万が一交戦することになったとしても……」


 レンの視界にテンセイが映る。


「被害は小さく抑えられる。任務達成に必要最小限な人数を考慮して、三人ということにしたのだ。別件で他の小隊が近くにいたしな」


「なっ……じゃあ、オレ達は捨て駒かよ!」


「決定したのはラクラ隊長だけどな」


「おねーちゃんが?」


 コサメが場違いな声をあげる。ここでようやく、ノームはテンセイが来ていることに気づいた。再開のあいさつもよそに、テンセイがレンに言う。


「ラクラ隊長、意外と人使いが荒いな。レン小隊長まで犠牲にするのかい」


「なに、『フラッド』に狙われないようにすりゃいいんだ。偵察するだけの任務なら問題はないだろう、と判断したんだよ。ゼブ軍がわざと『フラッド』を呼んだのは誤算だったけどな。正直、俺も観念したよ」


 レンの声は恐ろしいほどに淡泊だ。結果的に生き残れたとはいえ、死の淵をさまよった人間にしてはあまりにも滅私的な口調である。


「まぁしかし、無事に生きて帰ってこれたのは奇跡だな。テンセイ君、君の大手柄だ。もしかしたら、世界で初めて『フラッド』に黒星をつけたことになるかもしれないな」


 ――これが「軍」の世界。レンは、暗にそう言っているのかもしれない。危機が過ぎ去ったにもかかわらず、ノームの額から冷たい汗が流れ出した。


 一方、同じウシャス軍本部の会議室では、ラクラが汗を浮かべていた。しかし、こちらは過去の危機に対してではない。未来に。それも、すぐ目前の未来にある危機に対して恐れを抱いていた。


「官邸のホットラインへ直接伝達があった。二日後らしい」


 イスに深く腰掛けた男が、ため息まじりに言い放つ。いかにも高級そうなスーツを着た、小太りの男だ。


「もう変更はできない。慎重に対処してくれ」


「……了解いたしました」


 会議室を出たラクラの表情は、深刻な事態に耐えるべく固まっている。


「ゼブが、来る……」


 型のいい唇から洩れた言葉も、重く沈んでいた。

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