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第249話・心

 ウシャス軍本部の一室で、一人の女性が目を覚ました。幹部のラクラ・トゥエムだ。


「ん……」


 その晩は妙に寝苦しく、眠ったのか、結局眠れなかったのか、頭の中ですぐに判別がつかなかった。壁にかけられた時計を見るとずいぶん針が進んでいるから、きっと眠っていたのだろうが、少しも実感が湧かない。肺に取り込む空気が冷たく澄んでいることに気づき、ようやく朝の気配を感じられるようになった。はぁ、と重いため息をつく。ため息をつくと幸せが逃げるよ、などとどこかで聞いたような気がするが、今はそんなことを気にかけている余裕はなかった。体の中に残った夜の空気を追い出すべく、何度も何度も深く呼吸をする。毛布をどけると、涼気に体が震えた。しかし、目を覚ますのにちょうどいい刺激だ。


(昨日……そうでした。軍に戻ってきた後、部下にゼブが侵攻してくることを伝えて……。そして、クドゥルから顔色が悪いからしばらく休めと言われて……)


 ユタを連れて部屋に戻り、その後すぐに眠ってしまったのだ。ラクラはソファから身を起こし、ベッドに眠るユタを見やった。まだあどけなさの残る顔には涙の跡が残っている。ユタを起こさぬよう気を遣いつつ、ラクラはクローゼットから着替えを取り出した。服を替える間もなく戦い詰めていたため、清潔な布の手触りが心地いい。


 部下の一人を呼んでユタのことを任せ、廊下へ出る。会議室へ足を運ぶと、クドゥルが数名の軍人たちに指示を出していた。指示の内容はゼブに対抗するための戦闘力を集結させること、そして国民を避難させるための手段についてであった。


「起きたか、ラクラ」


「ええ。……申し訳ありませんクドゥル。この緊急時に、私だけ先に休んでしまって」


「今は国が一つとなって戦う時だ。顔色の優れない上司に指示を出されては部下も戸惑うだろう。第一、私は幹部の中で最年長だ。有事の際に指揮をとるのは当然だろう」


 クドゥルの口調は相変わらずだが、ラクラは素直に受け止めた。いつまでも疲労に潰されているわけにはいかない。自分はテンセイにウシャスの安全を任されたのだ。己の持てる全てをもってしてでも務めを果たさなければならない。


 しかし、気丈に振る舞おうとするラクラの足取りは重い。幼い頃から軍人として鍛えた体ゆえ、肉体的な疲労はほとんど癒えている。だが、胸の奥に残った鉛のような不安が足を重くしている。


 なぜか。原因はいくらでもあげられる。生命の神フェニックスがヒトを滅ぼそうとしている事実。圧倒的な武力と高度の科学技術を持ったゼブとの衝突。解決しなければならない問題はあまりに深く、重い。だが、それだけだろうか。ラクラの心の中に渦巻く、自分でもどう表現して良いのかわからない不安と焦燥は、どこから端を発しているのか。


「ラクラ」


「あっ……はい、何でしょう」


 クドゥルに声をかけられ、いつの間にか自分が思考の海に沈んでいたことに気づく。ぼうっとしている場合でないと慌てて自分を戒める。


 サイシャの島を出る直前、ラクラたちは当然クドゥルにもフェニックスの真意に対して報告をしたのだが、その時クドゥルの反応は予想と少し異なっていた。大いに驚いたことは驚いたのだが、以前のように”そんなことが信じられるか”と頭ごなしに否定はしなかった。単に否定するのが面倒になっただけか、それとも全てを達観して受け入れるつもりになったのか。どちらにしろゼブとウシャスの戦争はいつ起きてもおかしくないことであり、常に覚悟していたことであった。そのために積極的に指揮を取っているのだろう。今声をかけたのも、軍の活動に関することだとラクラは思った。故にその直後ラクラは我が耳を疑った。


「心配か」


「えっ?」


「テンセイたちの事が心配か、と聞いているんだ。サナギとサナミを連れているとはいえ、あの二人、コサメを入れても三人だけでゼブを止められるかどうか。……確かにあのテンセイという男は、これまで不可能に思える状況を何度も切り抜けてきた。だがそれもフェニックスの加護を受けていたことが大きな要因だろう」


 コサメの首に刻まれていた『紋』は、すでに神の元へ還ってしまった。フェニックスが己の目的をさらけ出した以上、フェニックスがテンセイに力を貸すことは決してあり得ないだろう。テンセイの肉体そのものが弱まるわけではないが、脅威的な治癒能力は失うことになる。


「心配……不安な要素がないことは否定しませんが……」


「それにテンセイは言っていたぞ。フェニックスが神の力を使い、ゼブ王や将軍を蘇生させるかもしれないとな。私も、その可能性は高いと考える」


「……」


 ラクラは口を閉ざしたまま、クドゥルの真意を測りかねて困惑していた。王や将軍が蘇生しているかもしれない(この時点でのラクラやクドゥルは知らないが、この予想は現実となっている)ことや、それも含めてゼブ軍を止めることが非常に困難であることは、言われるまでもなくわかっている。


 ……わかっている? ならばなぜラクラは苦しんでいる。


「ラクラ・トゥエム。あまり私を見くびらないで欲しいな。軍人としての才覚でいえば君やヤコウに劣るかもしれないが、これでも長く幹部を務めている人間だ。人を見る目はあると自負しているのだが」


「どういう、意味でしょうか」


「なぜ君はここにいる。幹部として国を守るという義務はある。だが、テンセイたちだけをゼブに向かわせることが無謀だとわかっていてなぜ彼らだけで向かわせた?」


「それは……彼らなら成し遂げられると、信じて」


「ならばなぜそんな暗い顔をしている。ラクラよ。君の本心はどうなのだ。彼らに同行し、直接その支えになりたいのではないか。遠く離れた地で無事を祈ることが耐えられないのではないか」


 クドゥルの言葉が胸を抉る。


「私も始めは、さっき君が言っていた通り……信じているから行かせたのだと思い、君には何も言わなかったのだがな。しかしその様子を見ると、ただ愚鈍に盲信しているだけではなさそうだ。己に出来ることを改めて決断したまえ、ラクラ・トゥエム」

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