第246話・終わりなき闘争
各地に散った『紋』とフェニックスの欠片。それらは全て、ヒトの世に大いなる混乱を引き起こさせるための布石であった。一部の国家や軍だけの争いでなく、ヒトという生物を一匹残らず排除するために撒かれた種。
「さぁて、始めるか。ウシャス軍のどこかに、フェニックスの力を持つ『紋付き』がいる。それを探し出すまで絶対に攻撃をやめるな、ってのが上からの命令だ。準備は整ってるな?」
「はっ。各部隊および機関、戦闘の用意は完了しています」
ゼブ国・フォビア城の一室で、一人の男が軍服に袖を通しつつ、部下に問いかけた。軍服は新品で、これまでその男が着ていたものより二つも高い階級を示す印がついていた。男は爽快な気分に膨らむ胸を誇らしげに張り、これまた新しく仕立て上げたばかりの帽子を被る。いかつい体格と薄く髭の生えた顔は、まさしく歴戦の軍人たる風格を見せている。
「ウシャス軍は、オレ達がフェニックスを探していることを知っている。もしかしたらどこかの山奥にでも隠しているかもしれねぇ。徹底的に、ウシャスの領土全てをひっくり返してでも見つけ出すんだ。その覚悟はいいな」
「当然です。我らゼブ軍、いえ、ゼブ国のあらゆる力を尽くしてでも手に入れましょう」
「そうだ。神の力を手に入れれば、世界はゼブのもの。そして手柄を上げればオレたちはさらに出世できるってもんだ!」
この男は、ゼブ国に対して特別な忠誠を持っているわけではない。ただ一人の軍人として、男として、実績を残し、より高い階級へのし上がることを目標としていた。そのため進んでサナギの実験体となり、『人工紋』を肉体に刻みつけた。そして順調に出世の道を進み、部隊の長を任せられる程にまで昇格したが、ウシャスと関わったことが運の尽きだった。任務をしくじり、敵の一般兵に敗北し、国に戻って『紋』の再強化を行ったが、その直後に敵の奇襲を受け重傷を負わされた。
「おっと、忘れちゃいけねぇ。狙うのは『フラッド』の奴らもだ。ウシャスと『フラッド』の両方を叩き潰して、初めてゼブの天下になるんだからな。それに情報によると、アイツらの中にもフェニックスの力を持ってるヤツがいるらしい。こっちの方も草の根分けて探し出すぞ」
「了解いたしました。それでは」
部下を下がらせた後、男はカバンの中から小さな鏡を取り出し、そこに映る自分の顔に向って話しかける。
「このチャンス、活かさない手はねぇ。将軍たちは少し後になって合流するみたいだが、それよりも先にフェニックスを見つけたら……。それはもう、まごう事なきオレの手柄だ。そうすりゃ上からの評価も一気にあがる。一つ席の空いた将軍の座につくのもそう遠くない」
やってやるぜ、と鏡に映るブルートの顔が笑った。
「フェニックス。お前は……」
テンセイの開いた口は、途切れた言葉を残して閉ざされた。何と言えば良いのか、わかりかねたからだ。
「これで良いのだ。放っておいてもやがてヒトは滅ぶ。お前たちが何をしようと無駄だ」
ヒサメの体が宙に浮いた。どこまでも残酷で、冷徹な言葉を唇から紡ぎながら。
「もうこの器にも用はない。私は再び高みから世を見守るとしよう」
「待て! 待ちやがれフェニックス!」
テンセイの言葉は届かず、フェニックスはヒサメの肉体を捨て始めた。背中から紅の翼が生やし、雉に似た尾羽を伸ばし、麗しい肌をじりじりと炎に包む。蝶が蛹から羽化するように、炎を纏う霊鳥・フェニックスが真の姿を現した。かつてテンセイの見た時と変わりなく、それどころか数万年以上もの昔から変わらない神の姿を。
「生き残りたければ、ヒトであることを捨てよ。一切の驕慢を捨て、この星に住む一個の生物となるのであれば破滅は免れるであろう。だがヒトとしての欲が欠片でも残っている限り滅びは避けられぬ。それを疑うも世のヒトに教えるも、お前たちの自由だ」
フェニックスは翼を広げ、高く、高く天へ昇った。その光が雲に到達した瞬間、周囲に光が降り注いだ。厚く立ち込めていた雲に亀裂が走り、隙間から天の光が射し込んでいる。洪水に削り取られる岩肌のように雲がかき消され、朝の日射しが森を包んだ。その景色は、暗闇のヴェールが脱がされた現状を暗示しているかのようだ。だが残された一同の表情はみな重く沈んでいる。
「人が……人類が滅ぶ?」
ノームが放心したような表情でつぶやいた。
「ゼブとウシャスの戦闘能力はほぼ互角。戦いが起これば、どちらが勝利しようと双方に甚大な被害が起こることは確実です。だからこそ互いに手を出せずにいたのですが……。ゼブがコサメさんの持つ力を求めているとしたら、今度こそ直接的に攻撃を仕掛けてくるでしょう。そのコサメさんがここにいる以上、ゼブの攻撃は決して止まりません。いえ……」
ラクラは冷静に、極めて冷静に判断する。
「コサメさんはすでに、フェニックスの力を失っています。『フラッド』のリークウェルも。例えウシャスが降参し、争いを避けようとしても、ゼブはフェニックスを求めていつまでも攻撃を続けるでしょう」
「いなくなった神の力を求めて……終わらない戦争が始まるのか」
「オッサンまでなに冷静に言ってんだよ! 早く止めねぇと! いくらゼブが強いからって、王も将軍もいなくなったんだから簡単に止められるだろ!」
そう、この戦争を始めるまでの段階で、ゼブは最大主力となる将軍と、偉大なる王者サダムを失った。代理の指導者を立てようとも、果ての見えない戦争をするほどの士気はないはずだ。ノームはそう考えた。
「ああ、急ごう。戦争は止める。だが簡単じゃないぞ、ノーム。もしかしたら」
「リク!」
テンセイが己の気付きを聞かせようとしたとき、突然ユタが目覚めて声をあげた。目を開けた途端、周囲を取り巻く様々な情報が飛び込んできたため、少し混乱しているようだ。怯えるような眼であたりを見回し、リークウェルの姿を探している。
「そうだ、リークウェル! アイツ、あの重傷を負ったままフェニックスの力を失ったら……!」
悲痛な叫びをあげ、ノームは森の中を駆けだした。