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第242話・神話構想

 目的が一致しているのであれば、交渉は十分に成立する。それは先のサナギに対して確認できたことだ。ラクラとノームの目的はルクファールを倒すこと。フェニックスの目的は自分を一つに戻すこと。ラクラはそう信じていたため迷いなく話を切り出し、フェニックスの返答に安心した。


 だがわずかに安心は揺るがされた。


(……決着はすでについている。あの男は敗れ、私は一つに戻る。それは必然)


 声が静かにそう告げた。その意図は、ラクラの思い描いていたものとわずかに違う意味合いを含めている。


「すでに……?」


(あの男の敗北はすでに決定している。今更誰が手を貸すまでもない。お前たちの為すべき事は他にある)


 それはどういう意味なのか。フェニックスは何を求めているのか。ラクラが思考を深く巡らせるよりも早く、雑音が盛り返した。少しの間だけ黙っていたかと思えば、今度は爆発するかのように言葉をブチまける。


「クケケ、これはまた、実に興味深い! ワシらは何と幸福なことか!」


「これはこれは、何年かかってでも、研究する価値があるよ。いやいやこれこそ、こそ、我々が生涯をかけて調べ上げるべき事! 神の世界、神の声、そして神が一つに還る、まさに神話……。その瞬間に我らの科学が立ち会うのだから、実におもしろい! やはり我々はこの瞬間、この時のために今まで生きていたんだよ!」


 興奮がピークに達したのか、いつもの耳障りな口癖が改善されている。興奮した方がマトモな口調になるとは、つくづく奇妙な連中だ。そして場をわきまえるという事を知らない。


「お前ら、そんなこと言ってていいのかよ」


 ついノームが口を挟んでしまった程だ。神が一つに戻る光景を想像して楽しむ二人は、己の主であるルクファールを裏切っていることになる。おそらく二人は裏切るつもりなど全くなく、ただ好奇心の疼くままに叫んでいるのだろうが、あれほどの恐怖と忠誠をあっさり忘れることが出来るとは異常だ。ノームが思わずルクファールを味方するような言葉を吐いてしまうのも無理はない。


 この一言でようやく自分の失言に気がついたのか、二人は唐突に狼狽し始めた。


「ひぇ、いやいや、あの方が、敗北するだなんて、なんて、思ってはいないよ」


「そんなことはあり得ない、ないよ。絶対にあの方は勝つ。けれど、神が一つになる瞬間は見たいというか……」


「そうだ、そうだ、あの方が勝利して、その元で神が戻れば、れば、いい。そうすれば何も問題はないじゃあないか」


「ケクケケ、そうだった。初めからそのつもりで、で、この島に来たんだったねぇ」


「フェニックス。貴方が我々に望むこととは……?」


 勝手に問題を完結させている二人をよそに、ラクラは話を進める。狂気に構っている暇はない。


(簡単な事だ。これから起こる全てを、ありのままに語る。ただそれだけの事)


「それはいったい」


(迎えが来た。これ以上語る必要はない)


 フェニックスの声がそう告げた時である。白い世界のどこか遠くから、何者かの気配が迫ってきたのは。それはノームにもはっきりと感じ取れるほど強い存在感を放ち、凄まじい速度で接近してくる。


「『フラッド』の……ユタ!? なんでアイツがここに? ってか、動けるようになったのかよ」


「しかし、何か様子がおかしい」


 ラクラの指摘は正しい。ラクラとノームが最後に見たユタの表情は苦悶にゆがんでいたが、今はそれがない。だがいつもの軽快で活力にあふれた顔でもない。固く凍りついて、それでいて厳粛な趣がある。眼は開いているが、その輝く丸い目に映るものは何なのか。


(さぁ、行こう。長い舞台に幕を引こう)


 ユタは風を繰り、水平の彼方から一直線に向かってくる。ベールやサナギとサナミ、ノームとラクラの存在などまるで目に映らない様子で、ヒサメの姿を借りたフェニックスに近寄る。


「おいユタ、いったい何やってんだ。リークウェルはどうし……」


 ノームはユタの肩に手をかけ、どうしたんだ、と言いかける。だが開いた口は途中で止まった。少女の肩に信じられないものを見てしまったからだ。それはよく見慣れている、しかしその場所には存在しないはずのものだった。


「この『紋』は……おかしいぞ、お前が『紋付き』なのは知ってるけど、ここに『紋』はなかったはずだ!」


 ゼブ王サダムとテンセイが戦っている間、ノームはリークウェルとともにユタの傍にいた。その時に見た限りではユタの肩に『紋』はなかったはずだ。


(この体に残された力ではあの場所まで行くことは出来ぬ。故にこ奴を借りる。この欠片が以前に宿っていた器はもう使い物にならぬからな)


「以前の器……? まさか、リークウェルのことか!?」


 フェニックスは答えない。だがノームは瞬時に、本能的に理解した。リークウェルの肉体に刻まれていた『紋』が、ユタの肉体に乗り移ったということを。


(全てを見届け、全てを受け入れよ。その使命をお前たちに課す)


 声が響く。ユタは無言のままヒサメの体を抱きかかえる。正確にはかかえると呼べず、ただ背中に腕を回して固定しているだけなのだが。風の力が二人を宙に浮かべる。


「何も問題はない。お前たちは、あの男さえ倒せれば満足なのだろう? それはもう終了している。次はお前達が、私のためにその理知を使う番だ」


 ヒサメの口が開き、今度は喉と舌を使った声が発せられた。二つの欠片が寄り添ったことで力が回復したのだ、と考える余裕もなく、ノームは呆然と神を見上げている。


 と、宙に浮く二人の背中から炎の翼が生え出した。ヒサメの背から右翼が、ユタの背からは左翼が生え、二つが連動して揚力を得ている。風はいつの間にか止んでいた。


「クケケケ、何と、何と……」


「また一つ、奇跡を見てしまったね、ねぇ」


「フェニックス! あなたの目的は、本当の狙いはいったい――」


「真実を知りたければ追うがいい。そして世の”ヒト”達に全てを伝えるのだ」


 紅蓮の翼をはためかせ、フェニックスの器は世界の果て、たった今ユタがやってきた方向へ飛び立って行った。その姿が視界から消えないうちに、ノームが叫ぶ。


「ボヤボヤすんな! サナギ、ベールを飛ばせ!」

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