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第241話・女神の膝元

 ノームは思わず目を瞑った。その世界の想像以上の眩しさに瞳が焼かれてしまいそうだった。いったいいつの間にこんな場所へ移動したのか、さっぱりわからない。双子の科学者たちの不愉快の笑い声を聞きながら空を見上げていたはずだが、気がつけば空白の世界に立たされていた。


「ここが……オッサンの言ってた天国か」


「そのようですね」


 ラクラも傍にいた。……当然、余計なおまけ達も。


「クケケ、いやいや、これは素晴らしい。どういう、いう、仕組みなんだろうねぇ?」


「これも後で、で、じっくり研究したいねぇ。しかしいやはや、現代科学の器具で何かが測定できる、できるとは思えないけど」


 サナギとサナミ、そしてベールまでもがこの世界に飛ばされていた。同行していたのだから当然なのだが、ノームは腹立たしげに舌打ちした。


「この世界のどこかにフェニックスがいる……ってのは確定してるんだが。……さて、どうしたもんスかね、隊長」


 とりあえずサナギを無視することにし、ラクラの意見を伺う。フェニックスを求めてたどり着いたはいいが、ここで何をするべきなのかは予定されていない。全て行き当たりばったりの無謀な強行である。この先の道を決めるのは、隊長であるラクラの役目だ。


「見知らぬ地で迂闊な行動は禁物……と言いたいところですが、ここでじっとしていても何も始まらないでしょう。進みます」


「進むって、どっちに? 前も後ろもわからねぇ場所なのに」


「……気の向く方に」


「そんなテキトーでいいんスか」


「我々はとっくに、常識では考えられない領域に踏み込んでいます。それに、先ほどから気配を感じます。非常にかすかなものですが、我々を招くような気配が……」


「気配?」


 ノームは軽く目を閉じて意識を集中させるが、特に気配は感じられない。近くの騒音が邪魔になっているせいかもしれないが。


「行きましょう。招かれているのなら、我々の行為は無駄ではないでしょう」


 ラクラがそう言って歩き出したため、ノームも後に従った。……サナギとサナミもついてくる。それもベールの肩に乗り、乗られた黒い悪魔がノソノソと鈍重な動きで同じ方向へ進んでくる。ノームは振り返らないことにして歩む。


「しかしよォ、隊長。ここにいるフェニックスの欠片ってのは……」


「フェニックスの肉体は、ルクファールと名乗るあの男に殺害されました。そして放出された魂の大部分はルクファールの元へ。わずかな欠片がコサメさんとリークウェルの元へ。もう一つ欠片があるとすれば、それも何者かの肉体に宿っていると考えるべきでしょう」


「誰か。あの事件が起こった時この島にいて、今でも居続けている奴となると」


「詮索はやめておきましょう。おそらく、考えなくてもすぐに真実がわかるはずです」


 ラクラの意見は正しかった。気配を頼りに進めていたその足が、ふと立ち止まった。何事かとノームが声をかけようとする前に、目が答えを探しだした。


 白い空間のずっと向こうに、小さな黒が見える。よく目を凝らせば、それは人影のようにも見えた。ラクラが再び歩を進め、行進が再開する。進むにつれて人影の輪郭がはっきりと捉えられるようになる。やがて顔の造形が確認できる距離にまで近づいたとき、ノームは確信した。


(この人は……。なんてこった。オッサンの話を聞いて想像した、ヒサメって人にそっくりじゃねぇか)


 年齢は二十代の半ばといったところか。どこかコサメに似た顔は、眠っているかのように目を閉じている。素朴な村で生まれ育ったとは思えぬほど白く美しい肌に、これまた白い布を羽織り、黒い髪が凛とした重みを演出している。相当な美人だ、とノームは素直に感心した。これほどの清い美貌なら、若き日のテンセイが想い焦がれ、またこの人の幸福を祈ってベールとの結婚を勧めたことも納得できる。その清らかな目蓋を開けば、より一層美しさが増すに違いない。


 ヒサメは台座のようなものに腰かけていた。その台座はやはり白く透き通っていて、あたりの空間に紛れて境界が掴めない。もしかしたら本当は台座などなく、虚無の空間に直接腰を下ろしているのかもしれない。揃えた両足を斜めに傾けて垂らし、背を伸ばして瞑想するその姿は”女神”と呼ぶにふさわしい。ノームの背後に控えるサナギたちでさえ、おしゃべりな口を閉ざしている。


「この人が、フェニックスの力を」


「そうでしょう。テンセイさんがコサメさんの『紋』から聞いた声によると、彼女はテンセイさんを救うためにその身を捧げたそうですから」


(その通りです)


 声が割り込んできた。耳を通して聞こえた声ではなく、直接脳に、いや、精神に語りかけてくる声があった。


「なんだ……?」


(この体に残された力は、ごくわずかなもの。口を開いて言葉を紡ぐことすら出来ない。だがこの空間の中であれば、いくらか意思を飛ばすことが出来る)


「あんたがしゃべってんのかよ。えと、ヒサ……」


「フェニックス。貴方にお願いしたいことがあります」


 ノームの言葉はラクラに遮られた。そしてこの言葉もまた真実を表していた。


「ご存じだとは思いますが。六年前に貴方の力を奪った男が、今この島にいます。貴方が自身の姿を一つに戻したいのであれば、我々に協力してください」


 それは、神に対するにしては無礼な態度だったかもしれない。だが神であるからこそ詳しく事情を語る必要などないだろう。時間をかけている余裕もない。


(私は……)


 唇をいっさい動かさず、女性の声が響く。


(六年前、あの男に魂の大部分を奪われた。だが完全な略奪を阻止するため、魂を分散させて赤子や幼児の一人に宿らせた。それだけでは足りない。所詮は他者の肉体。私は私の自由にできる器を求め、この女を選んだ。限りなく死に近く、それでも微小な命を残していた器を)


 その器を支配しているのは、フェニックスそのもの。ここにヒサメの魂は存在していない。


(私は一つに戻りたい。しかしこの器と力ではこの世界から出歩くことも不可能。故に分散させた魂に呼びかけ、この場へ引き寄せた)


「……! フェニックスの共鳴か」


(時はきた。お前たちが手を貸せば、私は一つに戻れる)


 交渉成立……? あまりに呆気なく放たれた意思に、ノームはたじろいだ。

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