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第239話・落星

 物事は、単純に考えた方がより真実に近付ける。フェニックスの力が放つ断罪の聖光は、生きている……つまり生命力がプラスの生物に、さらに過剰なプラスを与える。限界にまで高まった生命力やがて肉体の許容範囲を越え、一瞬にして膨大なマイナスと変じ、崩壊を招く。リークウェルは崩壊の始まった後に改めてプラスの生命力を放ち、完全なる崩壊を免れていた。それは自分自身がフェニックスの欠片を所持しているからこそ出来た技だ。


「まさか、貴様……。やってのけたというのか」


 ルクファールは眸を広げ、目の前に立つ男を凝視する。それはついさっき、神の光で消し去ったはずの男だ。その男は生命の力に溢れていた。元から活発な男ではあったが、今やそんな次元では語れぬほどに、そう、例えるなら神話に登場する英雄のような力強さと神々しさを兼ね備えている。


「これだけはやりたくなかった。……一瞬だけとはいえ、約束を破っちまったんだからな」


 テンセイは一つの奇蹟を起こしたのだ。死んだ者が即座に蘇るという、究極の奇蹟を。


「過剰な生命力が肉体を滅ぼすのなら、過剰にさせなきゃいい。わざと体を傷つければ、光の力はそれを修復するために相殺される」


 光に包まれた瞬間、テンセイは二つの動作を行っていた。一つはコサメを木の上へ放り投げること。もう一つは、己の拳で己の胸を貫くこと。最後まで生き抜くことを宣言したテンセイが、あろうことか自ら己の命を絶ったのだ。


 プラスが高じてマイナスに変じるのならば、プラスの限界を越えさせなければいい。傷をつけることは、生命にとってマイナスを意味する。膨大に注ぎ込まれる生命力を負傷の修復のために消費させれば、肉体の限界を越えることはなくなる。しかし注がれる量に匹敵するだけの負傷となると、それは”死”にまで至る。負傷が酷いほど相殺できる力も大きくなる。胸を貫き、心臓を破壊してもなお光を無力化させるには至らなかった。テンセイはあらゆる手段で己を殺す。


 光の大部分が消えた直後、そこにはテンセイの衣服だけが残されていた。ルクファールにはそう見えていた。だがその時、テンセイは生と死の綱渡りを成し遂げていたのだ。肉体のほとんどを失いながらも、ごくわずかな細胞組織の欠片となって衣服の内側にしがみついていた。そして同じく残されていたわずかな光が再生を促し、テンセイを蘇生させた。


「絶対に死なないって約束したのに……。すまねぇな、コサメ」


「ううん」


 応えるコサメの声は恐ろしいまでに落ち着いていた。繰り返される惨劇の渦中に居続けながら、コサメは正気を保ち続けている。


「認……める、ものか……。この私が、お前のような奴に……!」


 ルクファールが肩からテンセイの拳を引き抜き、数歩離れた。右肩の後ろに刻まれた『紋』は、無残に砕かれている。ルクファールは顔を伏せ、今にも崩れ落ちそうな足取りでゆっくりと後退する。しかし、やがて支えをなくしたように前のめりに倒れ――。


「猿芝居はやめるんだな」


 テンセイの言葉とともに、太い拳がルクファールの顔面を襲った。突然の衝撃に、右手に宿しかけた炎が消滅する。


「肉体を自由に改造できるんなら、『紋』の位置を動かしたり、偽の『紋』をつくったりすることも可能なはずだ。用心深いお前なら必ずそうしている。本物がどこに移動したのかはオレにはわからねぇし、もしかしたら体の内側かもしれねぇが、とにかくその体のどこかにあることは確かだ」


「……くっ」


 見抜かれていた。ルクファールの再逆転の策は不発した。


「どこにあろうと関係ねぇ! 当たるまでブチのめす!」


 拳が振り抜かれ、ルクファールの体は木の幹へ叩きつけられた。体勢を立て直す暇も、地面に倒れる暇もなく、拳の幕が降り注ぐ。


(こんな……こんなことが! なぜ私が追い詰められねばならないのだ! 私が……私が圧倒的に上だろう!? あらゆる能力で、才気で! だというのに気がつけば……今の私は抵抗の繰り返しではないか!)


 雷雨のごとく襲い来る拳に打たれながら、ルクファールの思考は目まぐるしく回転する。肉体は指一本動かせず、なす術なく攻撃され続けているというのに、脳の電流だけが暴れ出す。


(コイツは一体何者なんだ。私は、私は、その気になればいつだってこの男を殺せたはずだ。六年前のこの島で、ゼブの王宮や牢獄の中で! 私は魂の統制者。神の力を宿す者。ただ一つの命を奪うことなど容易いというのに……! なぜ、コイツは、朽ちないのだ!)


 魂の統制者。ルクファールは己をそう認識し、そこには一点の疑いも持たなかった。だが実際のところ、この統制者は大事なことに気付いていなかった。あまりに強く、全てを見通す手段を持つが故に、最後の最後まで理解することがなかった。


 なぜ、他者の魂を背負うと苦痛を感じるのか? それは侵入した魂の意思が、既存の魂と反発を起こすからだ。魂は質量をもたない。故に本来ならば、魂をいくら背負おうと重みを感じることはない。魂と魂が反発し合うことで精神が圧迫され、肉体にも影響を及ぼすのだ。しかし、魂を反発させず、心の底から受け入れたならば。そして魂を納得させるだけの器があったならば……。テンセイの真っ直ぐな、そして力強い心は、夢見て暴走する魂達を鎮めるに相応しい器があった。その心はテンセイが生来持っていたものではなく、何かを失い、何かに支えられ、また何かを支えようと生きる過程の中で培われたものだ。


 ルクファールには永遠に理解できない。彼の心がつくる世界には、彼一人しか立っていない。


(私が負けるはずがない! この力で掴めぬ勝利など存在しない。反逆者も、軍人も、王の血を継ぐ者も、神でさえも、私は踏みつぶして進んできた。私は、私は、私は――)


 魔王の中で、決定的な線が切れた。死を越えた闇が哀れな”敗者”を襲う。


 やがて、静けさが戻ってきた。柔らかな、けれどもどこか陰鬱な朝日の中で、一人の男が敗北した。長い長い闘争の果てに、ついに決着がついた。


 だが、これで終わりなのだろうか? それは違う。まだ成すべきことは幾つも残されている。

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